を選定してくれたのであった。
陽子、弟の忠一、ふき子、三日ばかりして、どやどや下見に行った。大通りから一寸入った左側で、硝子《ガラス》が四枚入口に立っている仕舞屋《しもたや》であった。土間からいきなり四畳、唐紙で区切られた六畳が、陽子の借りようという座敷であった。
「まだ新しいな」
「へえ、昨年新築致しましたんで、一夏お貸ししただけでございます。手前どもでは、よそのようにどんな方にでもお貸ししたくないもんですから……どうも御病人は、ねえあなた」
筒袖絆纏を着た六十ばかりの神さんが、四畳の方の敷居の外からそのような挨拶をした。陽子は南向きの出窓に腰かけて室内を眺めているふき子に小さい声で、
「プロフェッショナル・バアチャン」
と囁《ささや》いた。ふき子は笑いを湛えつつ、若々しい眼尻で陽子を睨むようにした。その、自分の家でありながら六畳の方へは踏み込まず、口数多い神さんが気に入らなかったが、座敷は最初からその目的で拵えられているだけ、借りるに都合よかった。戸棚もたっぷりあったし、東は相当広い縁側で、裏へ廻れるように成ってもいる。
陽子は最後に、
「賄《まかない》はしてくれるんでしょうか」
と念を押した。
「へえ、どうせ美味《おい》しいものは出来ませんですが、致して見ましょう」
「賄ともで幾何《いくら》です?」
神さんは
「さあ」
と躊躇《ちゅうちょ》した。
「生憎《あいにく》ただ今爺が御邸《おやしき》へまいっていてはっきり分りませんが――賄は一々指図していただくことにしませんと……」
忠一が、
「それはそうだろう」
といった。
「賄は別の方がいいさ、留守の時だってあるんだから」
「さよです」
「座敷代は、それじゃ源さんがいっていた通りですね」
一畳二円という事なのであった。
「へえ、夏場ですととてもそれでは何でございますが、只今のこってすから……」
彼等はそこを出てから、ぶらぶら歩いて紅葉屋へ紅茶をのみに行った。
「陽ちゃんも、いよいよここの御厄介になるようになっちゃったわね」
ふき子は、どこか亢奮した調子であった。
「――本当にね」
楽しいような、悲しいような心持が、先刻座敷を見ていた時から陽子の胸にあった。
「あの家案外よさそうでよかった。でも、御飯きっとひどいわ、家へいらっしゃいよ、ね」
大理石の卓子《テーブル》の上に肱をついて、献立《こんだて
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