後尾の棒につかまって雨にぬれ乍ら外につら下っているのが目にとまった。

○河村の家ではきょう板じきに石臼を出して粉をひいている。

○きのうは鍛冶屋の仕事仕度

○黒ぶちの眼鏡にジャンパーを着た(水谷長三郎氏)が「世界稀な憲兵政治」をもって国民にのぞんだと云っている記事を、おどろきをもってよみかえした。
 何と万事は変ったろう。しかし、と○は考えた。その急激な変化に対応して、国民の一人一人、たとえば自分や、ああやって石臼を引いている清吉が、直ちに筋の立った何事かを発言することが出来るだろうか。表現したい様々の事象があった。そのときは絶対に表現が許されなかった。その状態のうちに日日夜々は寂しい内容をもって翔び去って、過去に属してしまった。
 今、緘口がとかれ、とかれたという感じは、まざまざとして、現にこうして堂々と新聞にこれ迄知られ乍ら語られなかった事実の一片が示されている。○は云うに云えない精神の高まりを感じた。しかしそれなら何か云えと云われたら、彼は丁度テーブルスピーチを急に指名された場合のように 一種の当惑を感じただろう。

○扉を細めにあけて、そこに繩をはった有蓋貨車に人がのって走って行った。

○正一が千葉から戻ってえの、○○がつれて鳥取へ行きよった刀剣をもって。かえりに梨買うて来ちょります。

○砂糖を何匁配給になった
○油をどの位
○ハイヤーにええとつんで行きよった、大きいのやこまいのを、はア二十本以上もあったろうのう
○トラックをとって戻りよったのを、とりあげられましたといの



底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年5月30日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:同上
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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