れました。旅人は両手を胸に組んでそのかおを見つめました。美くしいかおは「アラ」とはじかれたように旅人のそばによりました。桃色の着物に白い靴の乙女と、水色の着物に白いリボンをむすんだ赤皮の靴をはいたしなやかな生え初めたわらびの様な二つの体は重いとびらの前にういたように見えて、そよ風は乙女の黄金色の髪と詩人の白いリボンとをゆらしてどこかに消えて行きます。足許に無雑作になげ出された真赤な毛糸は二人の足許にからみついてフワリフワリ何か謎をささやいている様にしています。嬉しさに何も忘れたとは云いながら三つ上のローズは、
ロ「貴方もうお母さんの所に行ったの」とききました。
 気がついた詩人はすまない様な声で、
詩「まだ行かないの」
ロ「行っていらっしゃい。貴方のお母さんはどんなにまっていらっしったでしょう。夕方になると貴方の行った森の方を望[#「望」に「(ママ)」の注記]めて『まだかえらない』と云っていらっしゃったのよ。そして又来てちょうだい」くびに巻いていた手をほごしました。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
詩「エエ、行って来ましょう。あしたから私は書かなくてはならないの、そして不思議なお話を貴女にきかせなくてはならないんですもの。ローズ、またあとで」
[#ここで字下げ終わり]
 美くしい人のかげはとなりの門の中に入りました。詩人は内に入るとすぐ、
詩「お母さん、会いたかったのに」と云ってかけ入りました。詩人のまだ若い母はまどのそばでぬいとりをしていました。その声をきいてはじかれたように立ち上って、
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
母「マア、よくかえってお呉れだった事」
[#ここで字下げ終わり]
 こう云った時にもう詩人の胸は母の胸によっていました。白い巾はみどりの波の上にういたようになって花びんのローズは美くしい子の帰ったのをよろこぶ様にかるくゆれています。その声をききつけてすずしい部屋でうとうとしていたお婆さんも、かるいかおをして入って来て、
婆「よくかえってナ」と云ってかれたような手で頭をなぜて白いなめらかな額にキッスして呉れました。にわかに家の中は色めき渡って急に夕飯のおこんだてをかえた母は白いエプロンのメイドと一所に心地よく働いています。
 美くしい詩人は旅のつかれにやわらかいソファーにやわらかい光をあびて夢を見て居ります。白い頭巾のお婆
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