りはどう見ても会得しかねた。一度ならずくり返えして見て、わからずしまいであった。今なおまざまざとのこっているその印象を目の前にくりのべてみると、それはまさしく日本のロマンティック時代の絵画の一葉であったことがわかる。燃える夕陽と迫る夕闇の池の上で、若い男の顔の半ばが、その胸によりすがっている若い女性の黒髪のかげにかくされていたというわけであったのだろうと思う。感傷と未熟さの朦朧体にくるまれて、その絵はおませな女の子の眼に、どうしてもわけの分らないゴリラに似た塊りとして映ったのは愛嬌がふかい。
女学校に通うようになってから、私はいつとなし玄関わきの七畳の部屋を自分の部屋にするようになった。省吾叔父がそこに暮していた座敷である。
いろんな目立たない隅々から古い本棚だの古い本だのをもって来て、下見窓のわきに並べた。その最初の蒐集の中に、今再び埃の下から現れた赤いクロースの『太陽』だの『美奈和集』だの、もうどこかへ行って跡かたもない黒背皮の『白縫物語』だの『西鶴全集』の端本だのがあった。ポーの小説集二冊を母が何かの拍子で買って来てくれたことから、次第に私の本棚にはワイルドだの、小川未明だの、ダヌンツィオだのが加って行った。ワイルド警句集という小型の本も今度出て来た。あけてみると、ところどころに赤鉛筆でマルがつけてある。
それからひとりでに武者小路実篤の初期の書いたものだのロシアの作家の作品だのが殖えて来たのを思えば、知らず知らずのうちに明治末期から大正への文芸潮流が、七畳の隅の、粗末な本棚と、まだ半ば眠った女の子の心とを貫いて移ったことが考えられる。
今度の本片づけには、全く歴史のきつい波翳がさしていて、私は空襲の場合を屡々思いやった。
震災の時は、災難をのがれた。これらの本たちは、そこにまつわる生活の思い出とともに、これから先は何年、平安にその頁を黄ばませて行けるのだろうか。私には、コンクリートの書庫をつくるという手段もない。どっさりの愛すべく尊敬すべき本たちは、年が新しくなるにつれて豊かな生活の脈搏をつたえつつあるのだが、それらの本を、私はせめていくらか火事に遠そうな場所へ置くというだけのことしか出来ない。でも、一抹の楽天的な響が心のどこかにあって、一つの美しく高い歌のメロディーが甦って来る。ドン・キホーテが、彼の大切な騎士物語の本たちを焼かれたとき、ドン・キ
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