くなった。たった二つのお金が、二十銭や十銭の銀貨まぜると四つになった。二十銭だけにすると、五つになる。ほう! そして、母にたのんで十銭銀貨だけにして貰えば一円が十の小さい銀貨に代ってしまう。
「ね、ああちゃん、これもっと違ったお金になる? え? え?」
「そりゃなるよ」
「じゃあ、して」
「ほら」
 母さえ幾らか打ち興じて、テーブルの上に大きい厚い五十銭銀貨を一枚先頭に置いて次にそれより小さい二十銭の銀貨、ちびな十銭、白銅が二枚、でっくりの二銭銅貨、一銭、あとぞろりとけちな五厘銅貨を並べた。
「ふーむ」
 到頭一円を、百銭にしてしまった。
 玄関の横に、三畳の茶室があった。茶をする人がいなかったから、永年その部屋はつかわれず、朝夕雨戸のあけたてをするだけだ。一畳が床の間で、古びた横ものが壁と見境のつかない煤けた色でかかっていた。小さい変な台の上に、泥をこねて拵えたような頸長瓶があって、炉のところには竹を集めた蓋がしてある。狭い狭い場所であった。隅に、客間に使う座布団が置いたりしてある。
 茶室へは誰も来ない。そこへ入るだけが、もう気分がどきどきする物珍しいことだ。庭に生えている木賊《とくさ》の恰好や色と云い、少しこわいような、秘密なような感情を起させる。積んである座布団に背を靠せて坐り、魔法の占いでもするように、私は例の百銭をとり出す。それを一つずつ、薄すり塵の沈んだ畳の上に並べたり、ぐるりと畳の敷き合わせに沿うて立たせて見たり転したりするのだが、手に握っているうちに銅貨が暖まって来る工合、暖まった金属から発する微かな一種の匂いなど、妙に生きもの的な心持を起させた。憎らしいような面白いような気がこみ上げて来、盛りあげた銅貨をわざと足で崩す。
 飽きると、私はその百銭を再び袋にしまい、歩調に合わせて膝にぶっつけザックリ、ザックリ鳴らしながら廊下を歩いた。その時はもう一人ではない。毛糸の手編靴下をはいた弟が二人、
「軍艦《グンカン》・軍艦《グンカン》・グンカノヘー。グンカン・グンカン・グンカノヘー」
と声高らかに合唱しつつ跟《つ》いて歩む、日露戦争が終ったばかり頃のことであったから。その百銭は、そうやって持って歩いて鳴らしているうちに、いつかどうかして失くなってしまうのが常であった。暫く忘れていてふと思い出し、いくら考えてもどうなったのか分らず袋のかげさえ見当らない。どうしただろうと母に訊くことさえ忽ちまた何かに紛れて忘れてしまうという工合であった。
[#地付き]〔一九二七年一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「不同調」
   1927(昭和2)年1月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング