俗化されているのである。何しろあいつの女房は見栄坊だったからね。そういわれると、何か納得されるものが聞く者の感情の中に用意されているようなのであるが、現代の心理学者は、虚栄心というものを抑々《そもそも》何と解釈するであろうか。
 虚栄心は何故起るのだろう。栄華を求める心が取るまじき金をとったとして、そこに取り得る金があったということは何を語るのであろう。曲った金品を取らせようとする人間とそれを取るか、取らぬかの判断は、当事者の廉潔心によるしかない立場におかれる人間との関係というものは、社会的などういう相互利害の関係から生じるのであろうか。最も根底的なこれらの人間関係の腐敗の原因は何処にあるのであろう。一人の見栄坊な婦人がどうこうということで解決のつくことではないことは、複雑な今日の片よった景気の派生物である事件の弁明に際して、その夫人の虚栄心云々が余り強調せられる結果、却って当然の推理となって一般人の常識に反映しているのである。
 就職線は拡大せられたと軍需工場について新聞は報じているが、私達の目前には解雇によって生涯を不具になった一少女が立っている。私たちは謙遜に偏見なしに自分たちのおかれている周囲の現実を眺める。そして所謂《いわゆる》日本の国際的進出によって、どの位女の生活はましになっているのであろうか。その答えを具体的に得たいと希望する。交換学生としてイタリーへ一人の日本の若い女性が派遣される誇りは、新潟から売られて東京へ出て来る三十人の少女の心が理解するには余り縁の遠い文化の一ポーズなのである。[#地付き]〔一九三六年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「輝ク」
   1936(昭和11)年12月17日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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