た。
「私の戒名なんか並べると、荻村にいやな顔をされそうだわ、何だか――」
「馬鹿いっちゃいけない!」
 祐之助は急に憤ったように遮った。
「れっきとした荻村慶三郎の細君でありながら、なぜ戒名を並べていけないんです? 第一、何だ、姉さんは何ぞというと門下の人達を気がねしてるが、それが間違いさ。権限を心得させて置かないと、いまに途方もない奴が出るから――」
 夕方、小一郎が帰って来て、その設計図を見た。
「どう思うえ? 小一ちゃん」
「親父らしくないや、ちっとも」
 尚子が、我意を得たというように、
「お兄さんもそう思う?」
といった。
「尚子もそう思ったんだけれど、――何ていっていいかわからなかった」
 やや暫らく黙って眺めていたが、小一郎は母に尋ねた。
「きまったの? こうするって」
「誰にも異存がなけりゃこれになる訳さ。――お前、どっかこうしたいと思うところがあるの?」
 小一郎はなぜかむっつりして、人さし指で唇を弾いていたが、やがて、
「まあいいや」
と、あきらめたように立ちかけた。
「何だよ――いって御覧よ」
「いい。母さんがいいと思えばいいさ」
 小一郎には、母の戒名が並んでいるのが何だか変に感じられた。まだ生きている人でもあるし、子供時分からの印象によって、書斎にばかりいた父、茶の間にばかりいた母、あんなにも内容の違う生活を営んでいた二人が、戒名を並べて納まるということが一種不自然なように感じられたのであった。しかし、彼は、そのように感情上微妙な問題をどういい現わしてよいか判らず、沈黙した。

 一周忌の法要のとき、祐之助がたんのうした立派さで原案通りの墓が出来上った。彼は世話をやいて写真師を呼んだ。墓前に並んだ遺族一同のと、別に墓だけのを撮影させた。故人の人となりを熟知している知友はどういうものかその墓の前に立つと、故人の気品と皮肉の相半ばした生彩ある眼差しを思い浮べずにおられなかった。それは、重苦しい自分の墓を横の方から眺めながら、
「こう発言権を褫奪《ちだつ》されてはやりきれんね」
と、ゆっくり葉巻の灰をおとして、苦笑していそうに思われた。



底本:「宮本百合子全集 第二巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第二巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「サンデー毎日」
   1926(大正15)年7月1日号
入力:柴田卓治
校正:原田頌子
2002年1月23日公開
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