「そうだ。君も労働者か? どこに働いているのか?」「金属工場に働いている」
という問答が出て来たことがあった。すると菅が、
「アノー、菓子工場って云うのはエスペラントで何ていうんですか」
ときいた。みんなは何ということなし、素直な菅の質問に好意を感じて笑った。菅は自分が菓子工場に働いていることをみんなに隠さないばかりか、ときどきハトロン紙の大袋に一杯パン菓子を抱えこんで来て、みんなに振舞った。
今夜も、カサのない電燈の下にかたまっている中心は、菅のもって来た菓子だ。
「食べろよ、同志!」
とあやうげなエスペラントで、しかもそう云えるのがいかにも満足そうに云いながら菅が席をつめてミサ子を自分のとなりにかけさせた。
「ええ、ありがとう」
ミサ子は、むこう側に坂田がいるのを見つけて、軽く目礼した。ずっと講習会の始まりから来ている。ついこの頃柳の従兄で内務省に勤めていることがわかった実直そうな青年だ。
勤めがえりが多いから、パン菓子はいつもみんなに歓迎される。
「これで番茶が一杯あったら申し分なしだのにね」
ミサ子のために席をゆずりながら、別に挨拶もしなかった三輪みどりが、紅を濃くぬっ
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