以上の切ないものがある。我知らずつり込まれて、
「あなたの方も、えらい?」
「違うわ! そりァちがうわ。あなたのはとにかく大会社だけれど私のは個人経営だし……丸ビルの中なんて、トッテモひどいワ」
 みどりは秋田から逃げて上京して来た。英文タイプも出来るのだが、そんなわけで東京市内にちゃんとした紹介者と保証人がないから、ミサ子のいる××○○会社のようなところではどんなにしても雇ってはくれない。試験も、保証人もいらない個人経営の事務所の女事務員に職業紹介所から雇われるしかないのだ。
「顔だけみてすぐ雇うのヨ、そういうところじゃ。大抵一部屋だけ事務所に借りていて、隣りはもうよそだから、図々しいもんだわ。……始っからそれを予算に入れて何したって尻をもちこみようのない、保証人なんかなしの若い女をよろこんでつかうんです」
「仕事のほかのサービスまでやらされるの?」
「……私たちの辛いのはそれだわ!」
 クサクサすることがあるらしいみどりの素振りのわけがわかった。ミサ子たち××○○会社の女事務員が腹を立てるのは、またそれとは違った。男の社員と女事務員とを昔風に区別し、男の社員と女事務員との間に恋愛問題でもおこると、クビになるのは大抵男の社員ではない。女事務員だけを懲罰的にクビにする。そんな片手落ちのことがあるものかと、よくみんなの問題になるのだ。
「……女事務員と云ったって、経営でいろいろ辛さもちがうんだわねえ」
 ミサ子はしみじみした心持になって云った。
「でも、どっちみち損なのはお互様に女だわ」
「――大経営のところでは辛いったって仕事の上だけでしょう。特等席だわ。……お話しんならない意地のわるいことをするわよ。室んなか両手をコウひろげて追いまわして来てさ」
 みどりは仕方をして見せながら真面目な、殆ど腹を立てた少女みたいな口ぶりで云った。
「いつまでもひっぱずしてるところへ人でも来ようものなら、一旦通した十枚ぐらいの書類を『オイ! こりゃ何だ!』って、一字ばっかりの誤字で、ビリビリ目の前で裂いて見せるわ」
「……あなた仲よしってないの?」
 ミサ子はみどりが気の毒になってきいた。
「学校が東京じゃなかったし……私たちみたいなのは駄目よ。事務所でだっていつも独りぼっちだし……なお弱い立場なのね」
 見栄のないみどりの話をきいているうちに、自然とミサ子の頭の中に××○○会社の女
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