がら、高く低くと風むきを利用しながら戦争挑発の凧糸をあやつっているともいえる。
この恐怖の凧が、日本の空にも見えるようになりはじめてから、わたしたちの周囲には注目すべきさまざまの便乗現象がおこって来た。
この次の機会にこそ、日本は漁夫の利をしめるか、さもなければ大漁祝いのわけ前にありついて、前回でものにしそこねた北や南での領土的野心をみたすことができるという潜行的な宣伝が行われている。あれこれと形をかえて、民間にはいりこんでいるもとの職業軍人や憲兵、ファシストのある種の人々は、ぐるりの青年たちにそういう教育をしみこませている。世界の様子もしらず、軍事教育で育てられて来た青年は汽車の中でそういう話もあり得ることのように喋っている。
かくれたファシズムの力が、日本の安定をぐらつかせようとしていることは、こういう場合ばかりではない。平和をみだそうとしているものは、共産主義者その他の進歩的分子であるといういいかたさえあらわれた。満州事変以来、日本の侵略戦争に反対し、戦争によって人民の生活を悲惨にすることを拒絶しつづけて来たのが赤であったことは、憲兵や検事局がよく知っている。あいつは赤だ、という迷惑なレッテルは、どこの職場でも、「聖戦」に何か批評を加えるものにはられた。それが、いつの間にかさかさになって、世界のファシストたちが、平和をみだす軍国主義者は共産主義者だなどといいはじめたのはなぜだろう。共産主義者そのほか、人類社会が発展し幸福になるためには、社会生産の機構が資本の解放とともにもっと万人の幸福のためになるようにくみかえられなければならないと考える人々は、労働者にしろ学者にしろ、資本の独占の形や、それを守るための弱肉強食に賛成しない。それらの人々はあいかわらず、侵略戦争に反対しているし、戦争挑発流行の本体をすべての人にわからせて、しん[#「しん」に傍点]から人民の生活安定に必要な平和確保の実行が可能であることをわかりあおうとしている。
一定の利害によって戦争挑発に従事している人々にとって、それは戦争中邪魔だったとおりに、いまも邪魔である。何とかして真面目に戦争をきらう人民から、そういう協力者をきりはなしたい。そのために、これらの人々は戦時中はもっていなかった輸入の知慧を役立てはじめた。どんな愚かな母でも、子供をおどかすのにはその子の一番きらうものをつかっておどか
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