この一九四八年度のソヴェト国家予算が発表されたときAP通信は、「ソヴェトの新予算は、世界の平和にとって、これまでソヴェトの首脳部の声明の全部を合わせたものよりも、さらにいっそう重要な意義がある」と説明した。
今の世界に列強は二つしかない、とアメリカの人自身によって云われている。アメリカは、どういう国柄であろうか。この面にふれても横田博士は書いていられる。十八世紀の末に、清教徒が精神の自由を求めて新世界へ移住してきた封建的伝統を少くもった新興国である。移民した人々に対する英国の徴税とその君主支配に反対して独立戦争をおこして、勝利した。人類の理想、人道主義世界の擁護、平和の精神はアメリカ伝統の精神である。それは、日本が侵略開始した満州事変の時から南方侵略までの十数年間、アメリカが日本の侵略行動に強く非難を向けてきたのを見てもわかる。東條を頭目とする日本の戦犯者の国際裁判の最終日に、キーナン検事が、「正義を伴わない文明は背理である」といった言葉のうちには、人類の正義への評価があった。第一次大戦後、平和のための国際連盟《リーグ・オヴ・ネイションズ》にアメリカが、最大の能力をもちながら加入しなかったことは、当時の大統領ウィルソンの苦衷ばかりではなかった。世界の資本主義経済の網目のなかで、アメリカの富が次第にその国にとって持ちおもりのするものとなりつつある程度につれて、伝統的人道主義の理想は国際的表現にニュアンスを加えてきている。けれども、きょう真面目なアメリカの人々が、第三次の戦争を希望しているとは思えようもない。パール・バックは平和の確保のためにあのように熱心だし、「怒りの葡萄」「真珠」などの作品で世界的なアメリカの作家スタインベックは最近ソヴェトを訪問して「鉄のカーテン」の彼方に温い血をもって勤労し建設し笑い悲しんでいる同じ人間の生活していることを発表した。その記事は日本の新聞にも出た。アインシュタインは何と云っているだろう。原子力の人類平和的利用のためにアメリカの科学者を中心として世界の科学者が努力している。ユネスコの精神は何であろうか。資本家であり、社会主義者でさえないウォーレスが、第三党をつくって、世界平和のための可能を増大することに精力を傾け、それを支持する勢力が労働組合内に拡大しているのは何故だろう。これらの事実はアメリカの内部につよい平和への欲求があることを示している。第三者として考えてみてもそれはそうだと思う。ニューヨークのあの摩天楼の櫛比《しっぴ》した上に巨大な破壊力がおちかかる時の光景を想像すれば、どんな蒙昧な市民も、それが、ノア洪水より、惨《みじめ》な潰滅の姿であることを理解するだろう。もし、アメリカの市民感情に戦争挑発にのせられる何かの可能があるとすれば、それは自身の近代的戦力の影を、逆にわが身の上におとしての戦慄であろう。わたしたちは、よく知っていなければならない。アメリカのフレンド派のクリスト教徒三万人は、第二次大戦に、良心的参戦拒否をした。そして負傷者その他の救護に著しい貢献をした。アメリカの反ファシスト同盟はついこの間フランスからキュリー夫人などをよんで会議した。自由市民同盟、人権擁護同盟その他の平和的組織がいくらかあって活動している。アメリカが総体的に戦争を欲しているといえば、それはアメリカ全人民への限りない侮辱である。アメリカのもっている困難は第二次大戦で拡張されすぎた生産力の合理的はけくちの発見である。自由競争で、きょうまで拡大してきたアメリカが、世界のどの資本主義国より広告心理学の研究で一頭地をぬいていることは、世界のすべての学者が知っている。アメリカの商業ポスター、広告ビラの勘のよさ、手ぎれいさ。気のきき工合。会社と会社が互にきそうその広告、宣伝術に対して、購買者たる市民の側の選択も、発達している。主婦は自分の生活のほんとの必要にたって、一つの罐づめでも選ぶ。そういう選択、判断がなかったらアメリカの貯蔵食品の今日の発達と品質の向上はあり得なかっただろう。
その科学的に分析され綜合的に研究され発達しつくしたあらゆる部門の広告が、日本のように今でさえまだ半封建的な幼稚な資本主義国にもちこまれたとき、それは日本の内にどんな反応をよびおこすだろう。若い娘の服装にその反応の特色があらわれた。黒い髪に対して真赤な爪はどんな色彩効果かということは考えられていず、胴《ボデー》長に、ロマネスクのモードの滑稽なあわれさが自覚されていない。商店の広告はアメリカ広告の植民地的真似をしている。自主的な批判力のまだつよめられていない日本の社会の心理に、半封建の精神の特徴である権力追従を恥じない事大主義が横行している。国際的という名をかりて。民主的という名をかりて。そして世界平和という名をかりて。そして、この風潮は事大
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