設定し、十八名の統制委員を選出したそうである。なかにセルマ・ラゲルレフ夫人さえ入っている。セルマ・ラゲルレフは彼女の作品を自国皇室に愛読されている作家である。ルードウィヒ・レンの感動すべき活動もこの会議で報告され、ジイドの「ソヴェト旅行記」の批判ものっている。
 スペインが流血の苦難を通じて世界文化・文学の領域の中に新しい自身の価値を創造しつつ、同時にヨーロッパの文化的良心の沸騰する発露、更新力となりつつあることを疑うものは今日いないのである。

『文芸』の「現在中国文学界鳥瞰図」(鹿地亘氏)「抗日作家とその作品」(武田泰淳氏)を読むと、地球の東半球の文学もいかに意義ふかい呻きの中にいるかが察せられる。鹿地氏の文章で、何故今日まで中国文学が特にその理論的な面、批評の面で全く薄弱であるかという理由を学ぶすべての読者は、社会生活の複雑な旧い羈絆《きはん》が文学を害することの夥しいことに驚かざるを得ないだろうと思う。中国の作家が封建的な重荷とたたかい時を同じくして歪んだる新しいものともたたかわなければならない苦難と堅忍とは、すべておくれて急に育った国の文化が生きぬかなければならぬ急坂な路なのである。
 第三回の文化擁護の国際作家会議はアメリカで開かれるそうである。太平洋をかこむ諸国の文化の正当な開花のために来るべき会議が冷淡であり得るとは考えられないのである。
『文芸』や『星座』が試みはじめたつつましやかな民衆の文化|交驩《こうかん》の機会が、どうかまたすみやかに恢復されることを願っている。

        女の作品
          三篇に現われた異なる思想性

 中本たか子氏は数年来、非常な困難を経て、肉体にも精神にも深い損傷を蒙った。それにもかかわらず、まだ健康も十分恢復していないのに、出獄してからもういくつかの執筆をしている。中本さんらしい骨身を惜しまなさが感じられるのである。「白衣作業」(文芸)もその一つの作品である。これまで、こういう題材が婦人作家にとりあげられたことはなかった。そしてこの作者らしい力をこめた感情の緊張で全篇が貫かれている。
 菊池寛氏が東日の「廻旋扉」でこの作者が昔の浮上ったところをふるい落したことを買っていたが、しかし、あの批評を、作者自身は何とよまれたであろうか。
 元よりも落付いたというような局部的なことは当っているかもしれないが、あの批評を全体として見れば、作家が作家に向っていうものとしては随分変なものであった。何だか役人ぽい。そして、大旦那っぽい。小説をかくものには刑務所もためになるとか、自分が「機嫌を直した」とか。ああいう程度の言葉が、褒めたような印象を誤って一般に与えるところに、謂わば今日の文学の時代的な弱さがかくされているのである。
 中本さんが昨今書かれるものには、大衆の生活と発展というものを見る角度、労働というものを見る角度に、独特の見解が示されて来ているのであるが、「白衣作業」でも、主題はやはりその基調の上に立てられている。ある作品が、題材的には極めて具体的であるが、主題は必ずしも客観的な現実をとらえ深められているのではない場合、作品の歴史的真実性は減殺されざるを得ない。特に、この種の作品は、作品の出現の本質に、その点の統一をきびしく求める因子をふくんだものなのである。

 一方に池田小菊氏の「札入」(改造)がある。他方に尾崎一雄氏の「暢気眼鏡」(文芸春秋)がある。その中央に、この二人の作家に直接間接影響をもっている志賀直哉氏の生き方と芸術的境地とを置いて考えると、池田氏、尾崎氏、それぞれ志賀的完成をあばいてもっと生々しく自分を確立しようという努力の途上で、今日どんな方角へ出て来ているかという点が真面目に考えられるのである。「札入」の作者は「万暦赤絵」がその経済的知的貴族性から持っていない俗塵、世塵を正面から引かぶろうと構えているらしい。しかし、作者は自身の気構えのつよさに現実の苛烈さを錯覚しているところもある。志賀直哉氏の人為及び芸術の魔法の輪を破るには、志賀氏の芸術の一見不抜なリアリティーが、広い風波たかき今日の日本の現実の関係の中で、実際はどういう居り場処を占めているものであるか、何の上にあって、しかくあり得ているかを看破しなければならないのである。志賀氏から縦に一歩、歴史的に一歩出なければならないのであると思う。

 佐藤俊子氏の「残されたるもの」(中央公論)はこの作者の感覚が横溢していて、帰朝当時『改造』に書かれた作品より、地があらわれているともいえる。作者が、駒吉という少年の感情の動きの中に暗示し、希望しようとしている勤労者としての健全性の要求もわかるのであるが、十五歳の少年の半ば目ざめ、半ば眠っている官能的な愛、その対象を母に集注している心持、素朴な原始的な反抗心
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング