ると批評家にふさわしくない俗見に立って罵《ののし》っているに対して、亀井氏は「科学的」という文句を、今日或る意味での世界的チャンピオンであるトロツキーがつかっているように主観的に使用し「素朴な実証的な研究」即ちそれを通じてのみ、古典美への信仰に入ることが出来、「科学的認識は芸術的享楽の中枢に参画する」ことが出来るとしているところが違うと云えば云える。しかし、歴史の光に照して見れば、後退的な「素朴な実証」主義の合理化、憧憬は、小林氏の心持をもつよく引いていて、この批評家もやっぱり文中に福沢諭吉の少年時代の逸話を引用して、近代の科学は「いつも人間的才能を機械的才能に代置するという危険な作業」を行っていると主張しているのである。
 もとより具象的な感覚のものである芸術の味得や評価をするに当って単にそれがつくられた時代の社会的環境の説明や当時の歴史がしからしめた認識の限界性だけを云々するだけでは終らないものであることは、既に正常な情感を具えた一般人に充分分っているところである。人類が今日まで夥しい努力と犠牲によって押しすすめて来た文化の蓄積を最も豊富、活溌に人間性の開花に資するようにうけとり活用して、そのような動的形態の中に脈々と燃える人間精神の不撓な前進の美を感得することは、何故これらの批評家にとってこれ程まで感情的に承認しにくいことなのであろう? これらの人々の内心がどんなカラクリで昏迷していればとて、文化上のガンジーさんの糸車にしがみついて、人類の進歩をうしろへうしろへと繰り戻して行きたいのであろうか?
 亀井氏の説に従えばレーニンは未来を担う子供達を愛称しながら「遙かなる憧れ」としてそれを抱いていたから「スターリンは権力をもってマルクス・レーニンの芸術的意志を民衆に強制すべきである。マルクス・レーニンの次に来るものは奴隷なき希臘《ギリシャ》主義者ネロでなければならない」のだそうである。「文化の再生には、必ず憑《つ》かれたもの、狂信者、専制者を必要とする」と断言されるに至って、人々は一陣の無気味な風を肌に感ぜざるを得ないのである。

        何と解するかの問題

 同じ「文芸批評の行方」という『中央公論』の論文の中で小林秀雄氏は、この半歳以来世間が「文学界」的空気と目して来ている一種の政論的傾向に対する弁解として「文学的思想が、種々な条件からどんなに政治的思想と歩を合わせようとしても、根本的な点で一致することは出来ない。文学的思想の価値は現実的価値ではない、象徴的価値だ」と云っている。「アクチュアルなものから永続的なものへの憧憬」であるとして、マルクスの「経済学批判序説」にある文句が引用されているのである。
 読者の全部が「経済学批判」を読んでいるとは思われず、私も亦マルクス学者でないから知らないが、引用している文章――
「困難は、ギリシャ芸術及び史詩が或る社会的発達形態と結びついているのを理解することに在るのではない。困難は、それらが今も尚われらに芸術的享楽を与え、且つ或る点では規範として又及び難い模範として通るのを何と解するかにある」(マルクス、経済学批判序論)
だけについて見ても、ここで新しき文化の開花のための最も重要な鍵は、最後の一行、「及び難い模範として通るのを何と解するか[#「何と解するか」に傍点]にある」という箇処に意味深長に横えられていることがわかる。つまり、亀井氏のように文化再生のためにネロが必要であり、狂信者・専制者が必要であるという風に解するか[#「解するか」に傍点]、小林氏のように、「或る古典的作品が示す及びがたい規範的性格とは取りもなおさず、僕等が眺める当の作品を原因とする憧憬の産物に他ならない」と解するか[#「解するか」に傍点]。そのような解し[#「解し」に傍点]かたが、小林秀雄氏の小さい一文の中でさえ、他の一方で主張されている実証的態度の主張との間にあからさまな自己撞着を示しているような誤りであることが自明であるからこそ、序説以下の「経済学批判」の方法が、今日の活ける古典として物を云うのである。
 この二つの論文及び批評家伊藤整氏によって書かれた小説「幽鬼の町」(文芸)を読んで、今日文壇で批評家として通っている諸氏の精神的性格に、芸術家として第一歩的な自己省察の健康な弾力が喪失していることを痛感したのは、恐らく私一人ではなかろうと思う。
 伊藤整氏の短い感想を折々読んで、氏は批評家が主観的に物を云う現代の常套的悪癖に犯されつつも、猶内部には「なんとか云わないではいられないもの」をもって、散漫ながら立っている文筆家であろうことと思っていた。「幽鬼の町」は、作者としてはダンテの神曲、地獄篇をひそかに脳裡に浮べて書かれたのかもしれないが、そこに地獄をも見据えて描き得る人間精神の踏んまえ、批判はなくて、作者そのものが、一箇の幽鬼であることを告白している。しかもそれは紙ばりの思想的凧に縛りつけられて下界に向って舌を出しながらふらついているオモチャの幽鬼である。
 ダンテの神曲が、後代の卑俗な研究家によって地獄、煉獄、天国の地図をつくられているのにならって、小樽市の現実的な地図などを小説の間に插入している作者の人をくった態度は、唾棄すべきである。或は、小林秀雄氏の所謂「象徴的価値」としての文学的思想の一箇の好典型であるとすれば、作者伊藤氏は少くともこの世に二人の支持的批評家[#「批評家」に傍点]をもち得ることになる。その中の一人に批評家としての自身を考えて。――
 批評と創造との仕事が一人の芸術家の内に小林氏のいうように「ディアレクティック」な作用で存在し得るためには、少くとも批判の精神と規準とが、或る場合その芸術家の主観をも超えて鞭うち、観察自省せしめ、引き上げるだけの勇気ある誠実な客観性を具《そな》えていなければならない。主観に甘えた批評の態度が創作の芸術価値を低下させる実例を、伊藤整氏はまざまざと我らに示しているのである。[#地付き]〔一九三七年七月―八月〕



底本:「宮本百合子全集 第十一巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年1月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第七巻」河出書房
   1951(昭和26)年7月発行
初出:「中外商業新報」
   1937(昭和12)年7月30日〜8月1日、3日、4日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年2月17日作成
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