数年間日本の人民の蒙った抑圧と戦争への狩り立て、党内スパイの挑発事件、公判闘争なども描かれます。このような作品は日本の労働者階級の文学に新しい局面をひらいているということはたしかだと思います。ブルジョア文学が横光利一の「旅愁」のように、ヨーロッパをブルジョア民族主義の立場から書いた作品が広汎によまれている日本で、「道標」をふくむ一連の作品が闘争の階級的武器として一定の役割を果すことを信じています。
 国際帝国主義によって反ソデマがますます活溌にまかれるとき、題材は第二次大戦前にとられているにしろ、ソヴェト同盟そのものに対する信頼をひろめ、そのことによって日本の革命の前途を確信させるためにもまた一つの階級的意義をもつと信じます。
  一つの長篇の完成に努力しているときは、その仕事にうちこまなければ、ブルジョア文学に対抗し得る作品は成熟しません。もしただ自分の経験を個人主義的に反ぷくしているならば、それは批判に価するかもしれません。しかしこの作品そのもののうちに客観的多面性が乏しくないばかりか、わたしの作家、評論家としての戦後数年間の活動をしらべてみても、数巻にまとめられる文芸・社会・婦人等に関する評論や作品活動は、一人の文学者としてむしろ多面的な執筆活動であると思います。

二 わたしが紫式部を自任して、傲慢、うぬぼれ、天狗の自己陶酔にいて、こたつ[#「こたつ」に傍点]にはいったような生活をしているというような極端な罵倒は、わたしの生活、作家的努力の実情を全く知らない偏見に立ってだけ言えることだと思います。
  まず紫式部を自任している云々ということを、ごうまん天狗の象徴として強調されたようです。しかし、どんな階級的作家でも十一世紀の宮廷婦人小説家に、わが身を模して満足しているような錯誤した歴史感はもっていまいと思います。事実は、都の教育委員会への立候補を求めて故服部麦生氏などが来訪されたときの話がゆがめられ誇張されたものです。
  これまで、日本の権力は外国に示す日本文学の典型というといつも源氏物語ばかりひっぱり出した。しかし、こんにち党と民主主義文学運動は、日本人民のものとしての新しい大作をもつべきであり、もたなければならない。世界の革命の一環としての日本の革命的人民の文学をもたなければならない。それはわれわれ革命的民主主義作家の任務なのだから、いまはわたしに文学の仕事をさせておく方が大局からみて能率的である。教育委員には教育に関係をもつ人の方がふさわしい。そう言ったことが局部的に誇大してつたえられたのでしょう。このことからわたしが紫式部をもって自任して満足していると断定して批難するということはどれほど愚劣であるかあきらかであると思います。
  日本の歴代の権力は、天皇制の擁護のため愚民政策しか行って来ないから、日本の大衆は自身の人民的文化の意味をしらされず、紫式部という宮廷文学者の名も何か絶対めいたものとして大衆にうちこまれています。この習慣が党の活動家の常識のうちにも反映しているということがこの誤解の一因です。これを政治家の場合にあてはめて革命的政治家が当時の道長を模して満足していると言ったら笑話としてさえ通用しないでしょう。うぬぼれの象徴にさえなり得ない噴飯事です。

 「こたつにあたっているような生活態度」ということは、おそらくわたしが不健康のために外出せず、サークルにゆけず、立候補しないことなどから言われることでしょう。
  わたしは、一九三一年十月入党後、前後五回の検挙投獄を経験しました。しかし組織の秘密は守られ、屈服しなかったために、一九四一年十二月九日、太平洋戦争とともに戦争に非協力な共産主義者として投獄されました。一九四二年七月、巣鴨拘置所で熱射病のため危篤に陥ってからのち、一年ほど言語障害と視力障害に苦しみました。視力障害はこんにちもつづいています。一九四五年秋以来、創作のほかに可能の最大な範囲で講演、各種の委員会、選挙闘争など活動をつづけ、一昨年夏、第一回文化会議の直前高血圧と心臓機能障害によって医師から活動の制限をうけました。
  その後、昨年夏、再び心臓障害と高血圧に苦しみ、十二月、電気写真によって心臓の肥大と左室機能障害、尿中に多量の蛋白が発見され、絶対安静をいいわたされました。
  十七年危篤に陥ったとき腎臓をいためていたまま戦時中手当ができず、その後の活動によって慢性の難治な状態になっています。十二月から三月ごろまで尿毒症の危険があり、視力喪失の危険もあったので様々の治療を試みています。また医者も通院を禁止して来診しています。昨年十二月末からまだ外出せず面会も制限されています。半年以上散歩のための外出もしない状態は、自己満足というにあまり遠い事情です。もしわたしが自己満足してこたつにあたって暮
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