て来る。ひろ子は、見ている画面が益々幾重にもなって、きのう見て来た代々木の事務所の入口に、かかげられていた横看板の字が、そこに浮んで来るように思えた。すこしくずした太い字で、日本共産党とかかれている。それは、いかにも大きい板をこしらえたどこかの土木業の誰かが勢こんで筆をふるったという風な文字で、肉太で、べろべろして、ちっとも立派ではなかった。しかし、その大看板が車よせの庇の上で、うららかな冬日を満面にうけているところは、粗野だが真情のある大きな髭男がよろこび笑っているような印象を与えた。通りから見あげて、ひとりでに口元がくずれ、昔の女が笑いをころすときしたようにひろ子は、元禄袖のたもとで口をおさえた。その玄関の中では、きのう、もう多勢の人たちが働いていた。重吉たちのように、のびかかったおもしろい髪で働いている人が少くなかった。まるで短かった重吉のイガグリは、ひろ子がさわると、ごく若い栗のいがのような弾力と柔かさで掌にこたえるように伸びて来ていた。そういう髪の人々が、いそがしそうにその建物を出たり入ったりしながら、第四回の、大会の準備をすすめていた。
底本:「宮本百合子全集 第六巻」新日本出版社
1979(昭和54)年1月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十巻」河出書房
1952(昭和27)年6月発行
初出:「文芸春秋」
1946(昭和21)年9〜11月号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2002年6月25日作成
2007年7月239日修正
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