おいて、室を出て行った。妻子を疎開させたから、研究所に寝泊りして自炊している吉岡は、自分が実験用の生きものにでもなっているように、隣室のベッドの下に泥だらけのものだの大根だのを押しこんで暮しているのであった。
「吉岡君、なかなかおそいね」
「送別会なんでしょう?――三十分や一時間かかるわ」
白い上っぱりをはおった助手がドアをノックして入って来た。片隅で煮えている液体の状態を調べてから出て行った。その薬液は、きまった時間をおいて、慎重に観察されながら煮られなければならないものらしかった。
礼儀正しく助手のひとが入って来て、自分の任務を果して出てゆくとき、ひろ子は、そのつど、ぼんやりしたはにかみを感じた。実験用テーブルの端におとなしくかたまって、たのしそうに、言葉すくなくいもの薄ぎれをやいている自分たち二人。それは、十月の明るい光線にガラスどもが光っている実験室の薬品くさい内部の光景として何でもないその一部分であるような、さりとて助手のひとが毎日見なれているあたりまえの情景であるとも云えなさそうな、はにかみを感じるのであった。
いもがやけてから、ひろ子は、片隅の水道から水をくんで来て
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