に、茶のみ茶碗、鮭カンの半分以上からになったの、手製のパンなどが、ひろげられている。
 静かな、すみとおった空気の中に、いもの焼ける匂いが微かに漂いはじめた。
「そろそろやけて来たらしいね」
「……もうすこうしね」
「そっちの、こげやしないか」
「そうかしら」
 実験用テーブルの端へもたれのある布張椅子をひきよせて、いものやけるのをのぞいているのは、重吉であった。親しい友達がもって来てくれた柄の大きすぎるホームスパンの古服を着て、ひろ子が彼の故郷からリュックに入れて背負って来た靴をはいて、いものやけるのを見ている。無期懲役で網走にやられていた重吉は、十二年ぶりで、十月十日に解放された。いが栗に刈られた重吉の髪は、まだ殆どのびていない。
 ひろ子は、元禄袖の羽織に、茶紬《ちゃつむぎ》のもんぺをはいて、実験用の丸椅子にかけ、コンロの世話をやいていた。
「さあ、もうこれはよくってよ」
「――あまいねえ。ひろ子もたべて御覧」
「網走においもはあったこと?」
「あっちは、じゃがいもだ。農園刑務所だからね、囚人たちでつくっているんだ」
「あなたなんか和裁工でも、じゃがいもぐらいは、たっぷりあがれた
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