うに違いない。いいかね。そうしたら今度は『そんなら幾つ入ってる?』と訊くんだ。忘れちゃあいけないよ。
幾つ入ってるかと、また大きな声で訊いてやるんだね。
そうすると、ホラこの通り紙でちゃんと包んであるから、コロポックルに中の数は分りゃあしない。
だからきっと黙っているだろうさ。そこで、うんと今度も力を入れて、
『数が云えなけりゃあ引込め!』
と怒鳴り付けてやるんだ。いいかね。
そうすれば、きっとコロポックルの奴も降参するにきまっている。数を訊くのを忘れちゃあ駄目だぞ。それから、お前自分でも、決して豆の数を勘定したり、中を見たりしちゃあいけないぞ。いいかね。
大切なお禁厭《まじない》なんだからな。腹へうんと力を入れて、やって遣るんだぞ。きっとコロポックルだって降参するんだからな、よしか!」
これを聞いて、イレンカトムは、どのくらい心強く感じたことだろう。
彼は今までかつてこれほど、自信のあるらしい、禁厭を教わったことはない。また、聞いたこともない。これでこそコロポックルに勝てるぞ!
それだけでも彼は、もう勝ったような心持がする。
コロポックルにさえ勝てば、もう他に何が来ても、この俺を詐すようなことが出来るものか。
イレンカトムは、深い感謝の言葉を述べながら、双手《もろて》を捧げて、篤いアイヌ振りの礼をした。
けれども。長い髭を撫で下した彼の手が、その先を離れるか離れないに、彼の心には、もう一種の恐れが湧き上った。
何にでも、素早いコロポックルが、もう禁厭の豆を知って、どこかそこいらの隅から、今にも飛び掛りそうな心持がする。
ハッと思う間に、引攫われてしまいそうで堪らない。
イレンカトムは、大急ぎで豆の包みを懐へ捻《ね》じ込むと、その上を両手で確かりと押えつけながら、黒を急《せ》き立て、帰途に就いた。
コロポックルを撒くために、故意《わざ》と道のない灌木の茂みを、バリバリとこいで行くイレンカトムの踵に、鼻を擦り付けるよう頭を下げた黒がトボトボと後から蹤《つ》いて行った。
底本:「宮本百合子全集 第一巻」新日本出版社
1979(昭和54)年4月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第一巻」河出書房
1951(昭和26)年6月発行
入力:柴田卓治
校正:原田頌子
2002年1月2
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