ているではないか。
 イレンカトムはびっくりして、一体どうしたのだと訊くと、どうしたどころではない、お前はもう少しで海に溺れる処だったのだと、通りすがりの彼等が、暴れる彼をようように押えつけた始末を話して聞せた。
 その訳を聞いたとき、イレンカトムは、涙を流さんばかりにして、コロポックル奴に騙《だま》されたのを口惜しがった。
 昔は、屈強な若者で、自分の手から逃げる獣はないとまで云われた自分が、小人風情に侮られて、惨めな態《ざま》を見られなければならないことは、彼にとっていかほどの苦痛であったか分らない。
 二人に送られて家に帰ったイレンカトムは、神聖なイナオ(木幣)の祭場所に永い祈念を捧げた。
 こんなことさえあったので、イレンカトムのコロポックルは誰知らぬ者のないほど有名になってしまった。
 なかには、親切に、魔祓いのお守やら、草の根、樹の皮などを持って来てくれる者もある。何鳥の骸骨《がいこつ》がいいそうだと云って、故意《わざわざ》獲って来てくれる人もある。
 皆が心配して、いろいろとして自分に近寄ってくれることは決して厭ではない。が、何かがその後に隠れていそうで、イレンカトムは心が穏やかでなかった。
 ちょうど、豊のいないときに、こんなに成ったのを好い幸に、何か狙っているのではあるまいかと思う。
 また実際、十人が十人まで真心からの親切だけであるかどうかは疑問なのだから、彼の心配も決して根のないことではなかったのである。
 特に、一番近所に住んでいる或る和人《シサム[#「ム」は小書き片仮名ム、1−6−89]》の態度に対して、彼は非常な不安と警戒とを感じる必要があった。
 一日に幾度かの見舞いと、慰めの言葉の代償として、彼の土地を貸して欲しいということを、山本さんに云って行ったのを知ったイレンカトムは、つくづく浅間しい心持がした。
 自分も他人も疎《うと》ましい。何にもかにもが、彼には重荷になって来た。
 けれども……。どんなことが起ろうとも、手から手へ遺して行くべき祖先代々の財物《たからもの》を、豊が帰るまでは守っていなければならない、というそれだけが、彼を生かしていた。
 彼の父、父親の父、祖父の父というような、遠い昔の人々が命懸けで獲った熊の皮等と交換に、ようよう一つ二つと溜めて行った蒔絵の器具、太刀の鞘《さや》、塗膳等という宝物《イコロ》は、土地家畜等と
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