》も日本人の嚔と同じなんですね、矢張りクシュンてんですもの私おかしくってさ」
「いやな人! 何してる? 今」
「今に会社へ行くんですって、お友達がまだいるんです」
 その時、二階から、女中のはめをはずした大笑いと、いかにも西洋人の太い胴から溢れるらしいハハハハという哄笑が聞えた。二人はびっくりして上を仰いだ。
「仕様のない人だね、お源さんたら――」
 さを[#「さを」に傍点]は迷惑そうに舌打ちをした。
 百代は、威勢のいい足どりで茶の間に入って行った。
「ただ今」
 父親は見えず、母だけが長火鉢の前に坐っていた。
「西洋人、来たんだってね」
 いねは、落付かないような、不機嫌なような眼付で、女学校の制服を裾短く着ている娘をじろじろ見た。
「まあその洋服でも着かえたらどうだい」
 百代は、女中や自分ばかりでなく、母親まで――つまり家じゅうに何かふだんと異う空気の生じているのを感じた。彼女は、メリンスの派手な袷に着換え、振分けのお下髪《さげ》を胸の上に垂しながら、黙ってお八つをたべた。
 五時頃、ラオロが二人の日本人と外出してしまうと、茶の間の気分がやっと少し楽になったように百代は感じた。二階が気になって堪らない風でいた母親も、眉の辺がからりとしたいつもの母親になった。
「――さを[#「さを」に傍点]をかきのけて出しゃばるんだから困りものだね、お源は……」
 出先から帰るなり一風呂浴びた為吉は、半簾を下げた縁先で爪を剪っていた。彼は気軽そうに答えた。
「どうせ二三日のことさ」
 百代は、独言のように尋ねた。
「寝台へねるのかしら――あの人」
「そんなことあるまい――な、おいね、寝台なんぞ持ち込みゃしまい?」
「ええ、夜具包でしたよ」
「寝台なんか担ぎ込んだらとても六畳で納るもんじゃない」
 百代はラオロがどんな工合に部屋をしたのか知りたくて、知りたくて、たまらなくなって来た。両親たちが、何でもなさそうにラオロのことを話し、一刻も早く馴れてしまおうとすると、一層百代の好奇心は募った。大人たちが、わざと詰りもしなそうに自分の前で云っているように落付かない気持がする。
 百代は、するりと茶の間をぬけて台所の方へ行った。ちょうど配膳の始るところで、板の間の膳棚の前へ女中が集っている。
 裏階子を、彼女は片手で手摺につかまりながら二段ずつとばして、音も立てず登った。廊下を、爪先で
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