ことを習った。あとにはいつもつづけて、ハヤクオカエリナサイ、と書いた覚えがある。いま思えば、それは五つの娘の心の願いというばかりではなかったであろう。
足かけ五年の旅行の間、父はどっさりいろんなエハガキによく筆まめに娘へのたよりをくれた。白いふーわりとした服をつけた女の児が、頭に春の花の輪飾りをのせて、嬉しそうにリンゴでお手玉をとっている絵ハガキに、お手玉うたのようなものを書いてくれたのもあった。二羽の鵞鳥の絵物語の本に、一つ一つ口調のいい翻訳をつけて、オヤマアこれは鵞鳥さん、ミミズをくわえて引っぱりっこ、というような文章のついた絵本を送ってくれたりした。その絵本の一頁に、二羽の鵞鳥が久しぶりに会って大喜びのあまり、互に頸を巻きつけあっている絵があった。そのわきにも父が、ほんとにうれしいぐわっ、ぐわっ、ぐわっ、というような文句をかいてくれたのであったが、それを見た母はなぜだかいやな顔をして、墨をふくませた筆でその文句の上へ太い棒をひいて消してしまった。驚いた悲しい心持で小さい娘だった私は、その怪我したような絵本をくりかえしくりかえし眺めた。母のそんな気持も今になってみれば何か察しられ
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