であるし、このことのために帰国しようとしないのももっともだと思うと、書かれていた。
 私は可愛い一人の弟がそういう風に生れ合せた時代と、自分の命とを扱ったのなら、その弟への愛と悲しみのためにも、または父の悲痛への尊敬のためにも、自分は積極的に生の方向を充実させようと願ったのであった。
 それから後、私のことについて、しばしば父が経験した心痛や悲喜について書かれた手紙というものは一通もない。
 父がそれほどとも思われなかった病いで、急に亡くなる前後、私はその側にいることの出来ない事情におかれていた。今から五年前のことで、東京が稀有な大雪に覆われた年の出来ごとである。父がその病床についてから会えない娘の私にあてて書いたのは、一つの英語の詩であった。そこには、娘が年を重ね生活の経験を深めるにつれて、いよいよ思いやりをふかめずにいられなくなるような、若々しくしかも老年の思慮にみちた父のある情感、感懐が花や森や猟人に象徴して語られているのである。
[#地付き]〔一九四一年四月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「婦人朝日」
   1941(昭和16)年4月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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