傍観している。
ひろ子は、七月の下旬、上野から乗って東北に向った夜行列車の光景を思い出した。混雑は名状出来ず、女は本当に悲鳴をあげた。ひろ子は、人波に圧されて押し込まれ、通路の他人の荷物の上で一夜を明した。しかし、その騒ぎは、同じ空爆を蒙る恐怖に貫かれ、事なかれと願う単純で正直なすべての旅客の希望で一致していた。
「いい月夜になったねえ。お月見にはもって来いだが、ちいと薄気味がよくないねえ」
「小山まで無事に行ったらね」
「ナニ、案ずるより生むがやすいってね」
流行唄《はやりうた》を謡うものがあったりした。ひろ子のわきで、若い女と膝組みにもまれこまれた父親の好色めいた冗談を、その娘が
「いや、父さんたら。黙ってなさいってば!」
しきりに小声でたしなめていた。煎り大豆を、わけて食べたりしてひろ子も運ばれて行った。
今の列車では、万端が全然ちがう。ひろ子の座席の背中に肱をかけて立っている二人連の襟章なしの男たちが、聞かせたそうに、さり気なく大声に喋っていた。
「おい、山田に会ったか」
「彼奴はのこるんだろう」
「そんな筈はねえんだが――奴、要領つかいやがったな」
何と何とで、と、
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