話題はいつの間にか変ったと見えて、小枝が、
「まあ、そうお! たまげたわねえ」
 土地の言葉と東京弁をまぜこぜにして、独特に愛嬌のある云いかたで感歓しているのがきこえた。
 ひろ子が、二枚めの洗濯ものを腕にかけて来て干しはじめると、
「おばちゃん」
 小枝が呼びとめた。
「連隊じゃね、何でもかんでも、持てるだけ持っていけって、わけているんですって。自動車にドラムカンのガソリンまでつけて、もらって行った人があるんですって。――凄いわねえ」
 富井の家の一郭は、開墾村の南よりの端れに近かった。連隊は、北の端にあった。五兵衛の家は、北の町角にあって、連隊には近かった。兵隊たちは、ひもじかったり、茶が飲みたかったりする時には、村じゅうどこと選りごのみなしに南の端の富井の台所の上《あが》り框《がまち》にまで入って来て、腰をかけた。そして、茶を所望したりした。しかし八月十五日以来は兵隊たちの歩く道が、きまった。連隊から、小一里はなれた市中の停車場へ通じる堤下の一本道だけを、続々と兵隊たちが通った。背中の重い荷物で体を二つに折り曲げ、気ぬけした表情の老若の兵士が、重荷で首をうしろへつられる関係上、誰
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