ある、ということであった。
ひろ子の文学が、最も真実に恋愛を失った若い娘たち、生活の柱を失った妻たちのものとなろうとしたとき、ひろ子が書くあらゆるものは発表を許されなくなった。ひろ子のすべての熱意、すべての表現の欲望は、ひたすら重吉への手紙へばかり注ぎつくされた。
そういう明暮になってみて、ひろ子は、自分が一人の妻として、今の日本にあふれている数千万の妻たち愛人たちよりも、むしろ幸福な者であることを痛感した。ひろ子は、重吉の居どころをはっきり知っていることが出来た。規則が許す範囲の面会が出来た。未決のうちは、自分で心をくばった衣類をきせておくことが出来た。そして、何よりも重大なことは、ひろ子には手紙が書けることであった。重吉もひろ子に手紙の書けることであった。
数万の妻たちの条件はそれとはちがっていた。彼女たちの良人は何処にいるのだろう。妻たちにそれさえはっきりとは知ることが出来なかった。今来たこの手紙をよんでいる、この瞬間、良人のいのちは果して安全であるかどうか。誰が知っていよう。
その心配に焦点さえ与えられない。絶対なそのへだたりの感覚さえ、遙かにぼやかされてしまっているは
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