は、御判断によって網走に行って下さる必要があるなら、即刻、塚本氏から旅費をうけとって出発して欲しいと書いた。自分が、どういう理由にしろ東京にいない間のとっさの用のために、いくらかの金が用意してあった。
縫子は、すぐ出かけた。
ひろ子は、自分がここにいて、目下の事情の中で、しのこされていることはないだろうかと思いめぐらした。重吉の予審と公判の行われていた数年の間、法律を知らないひろ子は、誰でもが持ち合わせている常識と小説をかくものの自然な洞察、想像力、構成の能力とでもいうようなものだけをたよりに、判断し、行動して来た。いくつもの粗忽《そこつ》をし、手ちがいをし、重吉に不便をかけた。
八畳の室に、ひろ子一人がねていた。二三日で十月になるのに、ここでは蚊帳がいった。おそい月が出た。大名竹の黒い影がガラス越しに縁側の障子にさしている。
昔、田端に、天然自笑軒という茶料理があった。そこの中庭の白壁に、酔余に大観が描いたという竹の墨絵があった。
自笑軒で、芥川龍之介の年忌の句会が毎年もよおされた。重吉が、はじめて発表した労作は、芥川龍之介の文学とその死とが語る日本の知識人の一つの歴史的
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