る私を、変な顔をして見た。褪紅色の地に大きな乱菊を出したのと、鶯茶の様な色へ暖い色の細かい模様を入れたのを買うと、あっちの隅でお繁婆さんは、出来上って居る瓦斯の袢天の袖を引っぱって居たので、せかせまいと女中の見て居た袢衿を一緒に見る。赤味のかかったうすい茶色の厚い紬の様な地の袢衿があったので、その模様を太い綿糸で縫いとって本の表紙にするつもりで買って仕舞った。
その店を出た時お繁婆さんの背中の風呂敷は少しふくれて居た。中にはさっきの袢天が入って居るのだ。「おとも婆さん」も何となしゆとりのある顔をして居る。皆、相当に満足しててんでにかなり重いものを持って家へかえったのは午後もかなりになって居た。私と女中は二人とも重いものをさげて居る。村の酒屋からの酢は中が割ってあるので買って来たビール瓶をさげ、砂糖と洗濯シャボンと髪の油と、そんなまとまりのない散り散りになるのを持って居る女中は、絶えず両方の手で仲の悪い互々を巧くまとめなければならず、反物を二三反と本をかなりと菓子の包をもって居る私とは、重い思いをしながら二人の婆さんに別れると、家まで笑いつづけて来た。
祖母の顔を見るとすぐ、
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「御隠居様、『おともさん』は……
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と一層はげしく笑いこけながら、呉服屋からうけ取った金を小口から買物にはらったのだけれ共、一度|代《だい》をはらうと、黄色い財布からチャラチャラと一つあまさず出して、すっかり勘定をしてからでなければ仕舞わない。幾度でも幾度でも繰返して、私共をやたらに待たせたとその銭を勘定する手つきまでして見せた。祖母は、
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「あのお婆さんは、今夜きっとその財布をお臍《へそ》にあてて寝るんだろうよ。あした目が覚めて見るとお札がむれて、かびだらけ。
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等と云ったので、買って来たものを見せもしないで、はめをはずして笑って仕舞った。その時から女中はあの人の事を「お臍のお札」と云う名にして居た。けれ共それは、家中三人ほか知る事ではなかった。
二十六日の日に東京から、菓子と果物と「鳥そぼろ」がついて、同じ日に十二月分の国民文庫が届いた。
夕方、源平団子と云う菓子屋で餅をつかせて呉れと、こぼれそうな腹をした主婦が手帳と鉛筆を持って来た。家で食べる分は少しでも、食べさせる分が沢山いるので、納屋から二斗もちごめを計ってやって居た。此処いらの家では大抵自分の家でつくので、中学の教師の家だの何かでそう沢山頼まれもしないのだそうだ。若し出来るなら「のし餅」にしてくれないかと云ったら、お雛さんの時の、菱餅の様になら出来ると云うので、それをもう少しうすく四角く大きくして呉れと云ってやる。寸法と厚さを持って来た帳面に書いてやる。わかった様にうけ合って行ったけれ共、どんなものが出来上るやらわからない。あの手で千切ったベロベロの餅は、小さく四角にきちんと切った餅を澄んだ汁の中に入れてばかり食べる癖がついて居るので、とうてい餅らしい気持でのみ込む事は出来ない。祖母と女中はお年玉にやる子供の着物や「ちゃんちゃん」を縫うのにせわしく、箪笥の下の引出しには元結だの風呂敷、袢衿、前掛地の様なこまこましたものが一杯になった。
三十日の日に煤掃きを若い者の居た時はさせたと云う事だけれ共、女ばかりで、寒いのにガタガタするでもないと、三、四月の暖くなるまでのばして、外廻りを村の者に一通り掃いてもらった。いつもいつも煤掃きじゃ、障子の張りかえじゃ、自分の部屋の大掃除とセカセカして二十六日後落ちつく事がないのに、いつもどおりに変りない静けさに居る事が不思議な様な又、間のぬけた気持がする。
つめの日に夕方甚五郎爺が来た。鶏を一羽と卵と菜を沢山置いて行った。
裏の竹藪から二本の竹を切り、庭の隅の松の枝を雌、雄二本下して、麻繩のきれいなもので七五三に結びあげ玄関前に立て、水口の柱に枝松が釘で打ちつけられた。皆甚五郎爺の手際である。風呂を振舞われ、地酒によって四斗俵を四俵運べた若い時の力を自慢したりした。祖母は七十より四つ五つ上になった自分の年を数えていろいろの事に出会った思い出を話し、
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「もう私の様になってからはもうだめだ。
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と云いながら、まだ肩や腰が痛い位で壮健で居る自分の体が嬉しい様に微笑んで居る。非常におだやかに来る人もなく、ぼんやりと大晦日が更けて行くのでいつもよりのびやかに次の年を迎える気持が嬉しい。
(七)[#「(七)」は縦中横]
非常に天気が良い。
田畑の面のはてしない広い処に太陽がゆったりと差して、黄金色の細かい細かい粉末が宙に入りみだれて舞って居る様に見えて居る。立木の陰、家の陰などは濃くたちこめた靄《もや》その
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