から昨日のことを話した。御詫びに行くと云って居たがほんとに行ったか、なんかと云う。
子供のことを一々そんなにとがめだて仕ずとも良い。私は何とも思って居ないんだからと云うと、
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「何そんな事がありますぺ、人がねんごろに問うてやるに石投げるなんちゃ此上ねえ悪い事なんだっし。
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腹を立てた様に太い声を出して云うのである。後生願いの良い婆さんだから私に、本願寺にお参りさせて呉れろと云う。案内して呉れと云うのか私の金で連れて行ってくれと云うのか分らない。
一つ二つ短かい距離《みちのり》を行く間に「あみださま」に関した話をして聞かせた。
あんまり御噺[#「噺」に「(ママ)」の注記]話めいて居るので笑いたい様な顔をすると、
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「学問の御ありなさるお前様方にゃあ可笑しかんべえけど私達《わしたち》は有難がって居りますのさ。
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といやな顔をする。見かけによらない話を沢山知って居る婆さんだ。
祖母は年柄ではさぞ信心っぽい人の様だけれ共案外で別に之と云う宗教も持って居ないので、私達のところへ来ると熱心に「あみださま」の講釈をする。
口振りでは、彼の世に、地獄と極楽の有る事を信じて居るらしい。一体、村の風で非常に信心深い村もあるが此村はさほどでもなく、他人《ひと》の家へ来て仏様の話をするのは此の婆さん位なものである。後生願いの故《せい》か行儀は良い。働き者でもあるから祖母は好いて居る。
婆さんは家へ来ると井戸端ですっかり足を洗い、白髪を梳しつけてから敷居際にぴったりと座って、
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「ハイ、御隠居様、御寒うござりやす。御邪魔様でござりやす。
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と云う。
歩いて居ると体はまっ直《すぐ》になって居るが、座るとお腹《なか》を引っこめて妙に膝が長い形恰になって仕舞う。
婆さんはこの前の日まで中学の教師の家へ手伝に行って居たとか云って、
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「めんごい赤坊さまでござりますぞい。眼が大きゅうて、色が抜けるほど白くてない。先生様、そっくりでいなさりやす。奥様も順でいなさりやすから昨夜《よんべ》お暇いただいて来やしたのえ、父様《ととさま》も母様《かかさま》も、眼の中さあ入れたいほど様子で居なさる。赤坊《やや》のうちは乞食の子さえめんげえも
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