先にした。恥かしい気もうじうじする気も私の心の隅にはちょんびりも生れて来なかった。
御供をし又それを静かに引いて柩は再び皆の手に抱かれて馬車にのせられ淋しい砂利路を妹の弟と身内の誰彼の眠って居る家の墓地につれられた。
赤子のままでこの世を去った弟と頭を合わせて妹の安まるべき塚穴は掘ってあった。
私はその塚穴の前に立った。
柩の両端に太い麻繩は結いつけられて二人の屈強な男の手によって、頭より先に静かに――静かに下って行く。
降りそそぐ小雨の銀の雨足は白木の柩の肌に消えて行く。
スルスル……、スルスル、麻繩は男の手をすべる。
トトト……、トトトト、土の小さなかたまりはころげ落ちる。悲しみの静寂の裡に思い深く二つの音は響く、繰り下げるだけ男は繩を持つ指をゆるめて柩は深い土の底に横わった。
私は土を握って柩の上に入れた。
コトン、ただ一度のその音は私の心をあらいざらいおびやかして行って仕舞った。
もう一つ、母の代りに、
もう一つ、亡くなった妹の兄達の代りに、私は沢山の土を入れた。
一つを手ばなす毎にこの踏みしめる足がついすべってその柩の上に重って落ちるのではあるまいか。
傘をつぼめて居る私の黒衣の肩に雨が歎く。やがてザックザックと土をすくって柩の上を被うて行く音を聞いた時、急に私の心に蘇った恐ろしいほどの悲しさが私の指の先を震わし喉をつまらせ眼をあやしく輝かせた。
幾時かの後、私が又ここに送られて妹のわきに横わるまでまたと再びこの柩の影さえも見られないのだと思うと腹立たしい様な気持になって思いなげに土をかけて居る二人の男をにらんだ。
私が男をにらんで居る間も土は上へ上へとかさなって今立って居る処と同じほどの高さにまで被われて仕舞った。
父親の手に書かれた墓標はその上に立てられ親属の者におくられた榊の一対はその両側に植えられた。
四角く土をならし水を打ち莚を敷いて最後の式はスラスラとすんで仕舞った。
何と云うあっけない事だろう。
私の只った一人の妹は斯うして喪むられて仕舞った。失せられていやます肉親の愛情の不思議な力は私には堪えられないほどなつかしい尊い思い出となり、涙となって今現れる。柩の上にさしかかって居た杉の若木の根ざしよ、あの上にやさしくはびこって美くしいあみとなってさわがしい世のどよみを清く浄めて私の妹の耳に伝えてお呉れ。
お
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