母が云ったりした。
もう三日ほどしたらと思って居たのを急に早めて翌日の一番で立つ事にした。
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「お前が行ったって死ぬものははあ死ぬべーっちぇ。
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いろいろに引きとめるのをきかないで私は手廻りのものを片づけたり、ぬいだまんま衣桁になんかかけて置いた浴衣をソソクサとたたんだりした。
たえず心をおそって来る静かな不安と恐れとがどんな事でも落ついてする事の出来ない気持にさせた。
眼の裏が熱い様で居て涙もこぼれず動悸ばっかりがいつも何かに動かされた時と同じに速くハッキリと打って声はすっかりかすれた様になって仕舞った。
指の先まで鼓動が伝わって来る様で旅費のお札をくる時意くじなくブルブルとした。
今頃私が立つ様になろうとは思って居なかった祖母は私に下さるお金をくずしにすぐそばの郵便局まで行って下すった。
四角い電燈の様なもののささやかな灯影が淋しい露のじめじめした里道をゆれて行くのを見ると今更やるせない気持になって口の大きい気の強い小さい妹の姿を思いうかべながら大きな炉の火をのろのろとなおしたりして居た。
九時頃だったけれ共もう寝ていくら呼んでも駄目だったと祖母は行き損をして又元の形で帰っていらしった。
家の病人の悪いと云う事で旅先から帰ると云うのは私にとっては今度が初めてで口に云い表わせないワクワクした気持がそう云う事に経験のない私の心を目茶目茶にかき廻した。どうぞして気を鎮めたいものだと思って欲しくもない枝豆をポチポチ食べながら今度の病気の原因を話し合ったりした。不断から食の強い児で年や体のわりに大食した上に時々は見っともない様な内所事をして食べるので私が来る前頃胃拡張になって居た。胃から来た脳膜炎だろうと云うのが皆の一致した想像だった。
若し実際脳膜炎だとすればどうぞ死んで呉れる様にと私は願って居た。
自分の妹を死ぬ様になどと云うのはいかにも惨酷な様に聞えるけれ共たった一人の妹を愛する心は白痴の恥かしい姿を生きた屍にさらして悲しい目を見せるよりはとその死を願うのであった。
心はせかせかして足取りや姿は重く止めどなくあっちこっち歩き廻った、祖母もあんまりぞっとしない様な顔をしてだまって明るくない電気のまどろんだ様な光線をあびて眼をしばたたいて居た。
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「兄弟達にも可愛がられないで不運
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