盟で行われた全国経済委員会でスターリンは、局部的にもそれらしい演説はやっていない。
 一九三一年六月二十三日モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の全国経済委員会で、スターリンはこう云った。「会議の材料から見ると、わが国の産業は計画達成の点からして、ひどくマチマチだ(中略)この理由は産業発達の新しい条件が発生し、根本的に新しい情勢が新しい指導方針を要求していることにある。つまり、失業のあった時代のソヴェトの情勢と今日は全く違って来ている[#「失業のあった時代のソヴェトの情勢と今日は全く違って来ている」に傍点]。」そして、六箇条のソヴェト産業発達の条件をあげている。中に、失業があった時代労働力はひとりでに流れて来た。ところが農村と都会に失業がなくなった結果、ソヴェトはもう非社会主義的な労働力の自然流動を待つことは出来ない。故に集団農場との組織的契約によって労働力を満して行かなければならない、と云っている。資本主義的な労働力ダンピングである自由契約なんてことはどこを見ても無い。
 賃銀の新条件についての事実はこうだ。元の賃銀率(タリフ)システムには、熟練工と不熟練工、過労な労働と軽い労働との間の差が具体的に区別出来ない欠点があった。所謂《いわゆる》平均主義者[#「平均主義者」に傍点]に向って、スターリンは、生産の主人であるソヴェトのプロレタリアートが、賃銀の新条件、住宅、配給の改良によって、益々階級として強化さるべきことを云っている。
 集団農場から、箇別農場への転落というのは、ブルジュア新聞にさえ書いてない、あり得べからざる事実の間違いだ。数字で示そう。
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集団農場に組織された農戸数
 一九二八年         四〇〇、〇〇〇
 一九二九年       一、〇〇〇、〇〇〇
 一九三〇年       六、〇〇〇、〇〇〇
 一九三一年       九、〇〇〇、〇〇〇

播種面
 一九二八年       二百万ヘクター
 一九二九年       六百五十万ヘクター
 一九三〇年       四千三百万ヘクター
 一九三一年       六千五百万ヘクター
[#ここで字下げ終わり]
 集団農場に組織された農民は一九三〇年に、五〇パーセントの増収を見た。そして、この七月の統計によるとソヴェト同盟全農戸の六〇パーセントが集団農場に組織された。
 森君
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