ことが屡々あった。それにも拘らず何と自分は自分の母を愛していることだろう。今となって見ればその為に却って彼女も全力をつくし生きたことが理解され、愛されるのが必要なのはもう自分ではない母の番だということをなほ子は敬虔《けいけん》な心持で感じるのであった。然し、子供の時から常に与えてであった母、より強きものであった母を、或る時、弱きもの、全然自分の劬《いた》わるべきものとして発見するのは、なほ子にとって異様な感動であった。理解しないことのあるのも当然だ。気短かな母、理解せぬ母を母の生活の盛りの思い出の為だけにでも愛すであろう。或る時は怒ったり、或る時は笑ったりしながら。――
 なほ子は、新たな愛の自覚から、一層母をこの世に於て離れ難き者に感じ涙をこぼした。



底本:「宮本百合子全集 第三巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第三巻」河出書房
   1952(昭和27)年2月発行
初出:「中央公論」
   1927(昭和2)年8月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2002年9月25日作成
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