くないことが、案外なところに潜んでいたのを、先ずおしまが発見し始めました。学問こそないが、おしまも女である以上、妙に鋭い、思い込んで目をつけたらとても眼を逸しっこのない探求心というようなものを持っている。勇吉が清二が留守になってから、どうも始めて清二の嫁はまだ十八の若い、はにかみやの可愛い女であったことをしみじみ見出したらしい様子がおしまに分った。おしまは、時々きいという名のその嫁をひどくしかるように成った。すると、勇吉は、炉ばた[#「ばた」に傍点]でちびちび酒を飲みながら、
「そげえに若えもん叱るでねえよ、今に何でもはあ、ちゃんちゃんやるようになる、おきいはねんねだごんだ」
「何がねんねだ! ひとが聞いたらふき出すっぺえ。ねんね嫁け! お前」
きいはつらく、涙ぐんで行儀よく手をついて、
「勘忍してくんさんしょ」
とあやまる。しおらしいのが、しまに決して快くなかった。
その年の冬のことであった。勇吉の近所で青年団の集まりがあった。村の暮しは単調で、冬はなお更ものうい。よい機会さえあれば、男はみな酒を飲みたがる。青年団の集まりなど申し分ない口実だ。多勢集まり、けんかはしない約束をして飲み始めた。ああ、実際村の者は酔うとよくけんかをするのです、とてもよくやる。けれども、青年団員という文明的な名を持つ名誉上、けんかはすまい話し合が出来た。
そして、むつまじく飲んでいるうちに、何だか戸外《おもて》が騒々しくなって来た。日が沈むと、村の往還は人通りも絶える。広く、寒く、わびしい暗やみ[#「やみ」に傍点]の一町毎にぼんやり燈る十燭の街燈の上で電線が陰気にブムブムブムとうなっている。暖かで人声のあるのは、勘助の家のなかばかりだと思っていた青年団員は、怪しく思って顔を見合せた。
「なんだべ? 今時分」
「盗っとか?」
「何でもあんめえ、さ、一杯進ぜようて」
「いや、一寸待った」
顔役で、部長の勘助が兵児帯をなおしながら立ち上った。
「ちょっくら見て来べえ、万一何事かおっ始まってるに、おれたちゃあ酒くらって知んねえかったといわれたらなんねえ」
勘助が、もう一人と暗い土間で履物を爪先探りしている時、けたたましい声が聞こえた。
「勇吉ん家が火事だぞ――っ!」
その声で、総立ちになった。方々で、戸をあける音もする。勘助は、緊張した声で指揮をした。
「おれ[#「おれ」に傍点]と、
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