回避のために世界の良心が奮闘しつつある事実。日本の良心と学問の自由のためのたたかい。それらは、もとより学習院の土手を越した。同時に、いまの日本に急速にひろがりつつある不健全な時代錯誤、特権生活への架空な憧れと嫉妬のまじりあったような風潮も、青春の敏感な自意識をむしばみつつある。卑俗な風俗小説のほとんどすべてが、読者の好奇をそそるために、闇の世界とえせ[#「えせ」に傍点]の貴族趣味とをからみあわせて場面をいろどっている。成り上りに対しては、真の貴族であったほこりも甦り、しかしそのような意識を自嘲せずにいられなくする心理もあるだろう。
 漱石は、彼の時代の言葉として、権力・金力をもつ境遇のものが、自分で人間らしくそれらを支配する能力として個性の確立される必要を語った。こんにち語られるべきことは何であろうか。それは権力と金力との大半はすでにそれらの人々の掌中においてわがものでなくなっているという事実である。しかも一層華美な、或いは知的めいた擬態をもって、権力と金力とはそれらの人々を通じて、威力をふるいつつある、という正常でない客観的事情についての、正直な認識である。その現実の認識に向って青春のヒューマニティーが対決させられるとき、そこに湧く思いこそは、アルバイトして勉学している学生の日々をゆすぶっている日本の青春のひとすじの熱い思いにつながるのである。
[#地付き]〔一九五〇年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年11月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十一巻」河出書房
   1952(昭和27)年5月発行
初出:「学習院新聞」
   1950(昭和25)年12月16日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年4月23日作成
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