日中おらくにものを云わないことさえある。彼女は、おじいさんも信心がないからこうなのだと思って、折々は少しお説教でも伺ったらと勧めた。孝之進自身もこのごろのように心が淋しくて、苦しいことばかりあると、そう思わぬでもないが、どんなときにでもジッと歯を喰いしばって堪らえて来たのを、今更仏いじりで終ってしまいたくはなかった。それにもう帰る頃はほとんどとけていた、浩に対しての憤りを、今も持ち続けて行こうとする、辛い意地から、一層心が穏やかでないことを、彼は自分でも知っているので、こればかりは仏の力でも紛れそうに思われなかった。けれどもおらくは、裏へなど長く出ていて、何心なく奥へ行ってみると、何か涙をこぼしながら一生懸命に見ていた孝之進が、あわてて持ったものをかくしながら、空咳をするのなどをしばしば発見した。浩の手紙を見ていなさるなと彼女は悟ったが、それについては一言も云わなかった。そしてただ涙をこぼした。猫の額ほどの菜園の土を掘りながら、今頃はまたおじいさんが読んでいなさるころだと思うと、おらくは出来るだけ長く戸外《そと》にいた。時には用事がなくても孝之進の心を汲んで彼女は外へ出てブラブラと菜園を見まわったり、納屋の傍に寄りかかってお念仏をしたりしながら、彼女自身も何だか嬉しいような心持を感じていたのである。
 父親から、どうやら金を送ってくれたので、お咲はずいぶん助かった。有難いと思った。が、病気はどうしても悪い。このまま進んで行けば、また入院するほかなりかねないので、年寄達は気を揉《も》み出した。お咲自身も気が気でないと同時に、永病人に有勝な、我がままや邪推が出て来て、病み倦きた者と、看病疲れのした者との間にはとかく、不調和な空気が漲りたがった。浩はどうかして、一週間でも十日でも海岸へなり姉をやってみたいと思った。けれどもそれというのもすぐ金の入用な話で、彼の腕では及びもつかないことである。それかといって、誰かから出してもらって、ハラハラしながらする養生などは、結局何の役にも立たない。彼は、このごろしきりに金という問題に苦しめられる自分の頭をいとおしむような心持になった。もちろん彼とても、金を全然卑しむべきものだとは思っていない。けれども、自分の労力に相当するより以上の報酬を夢想して見たりすることはいやであった。どんなに困っても、友達から借りることなどはできない質《たち》
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