の時分とは全体がまるでちがって来ているもの」
「でも……ひろ子さんは、そういうときでもちゃんと成長して行けるけれど、あたいはやっぱり普通の女で、そうやっていたっていつまでたっても普通の女としてのこるばっかしだから……」
乙女は、唇をなめなめ云うのであったが、きいていて、ひろ子は自分の顔つきがぼんやりとしたおどろきから、次第につよい疑問へとかわって行くのを感じた。
眼を見開いたままのような表情で乙女が云い終ると、ひろ子は上気しているその乙女の顔から思わず視線をそらして低く、
「普通の女って……なんだろう……」
苦しげに呟いた。乙女の云ったことみんなの、はじめの方は、これまで知っている乙女の心から云えることであった。だが、あたいはやっぱり普通の女で、という、そういう云いまわしや自分の身を友達たちの生きている生活の波から区別してのもののみかたは、勉のものではもとよりなかったし、乙女が良人をなくしてから今日までの二年の間に、自分の生きて来た道から見出して来たものとも思われなかった。これは、乙女らしくない云いかたである。お前は、或は君は、普通の女なんだから云々と乙女に向って説得的に云っている男の声のなごりを、ひろ子は、まざまざとそこに感じた。
しかし、乙女は正直ものの頑固さであくまで自分に作用している男の考えのあることはうしろにおいて、自分一個として強いても胸を立ててひろ子に対し、ものをも云う態度になっている。乙女ひとりの芸ではない計画されたものがそこにもある。
一生懸命な乙女の小さい顔、人中《じんちゅう》のところに一つ黒子《ほくろ》のある上唇が生毛を微《かすか》に汗ばませてふるえているのを見ると、ひろ子は乙女が可哀想になった。これまでのよしみでひろ子たちへ深く結ばれている心持、けれども一方では男の言葉にひかれずにいられない女の心のありようが、ひろ子にみえないと思うのだろうか、分っていても、分らないことにして押しとおさなければならないようなものがあるというのだろうか。そういう影響のしかたが、何か男の側のまともでなさと感じられてひろ子は、暗い気がした。やがてひろ子はそのことには触れず、
「じゃあね。野兎さん、この話はおやめにしましょうね」
と悲しげに云った。
「でも一緒に住むとか住まないとかは別として、今あなたの云ったことね、普通の女だとかそうでないとかいうこと、ああ
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