た新しい石垣の層々の面に隈なく月が灌《そそ》いでいて、柔かい土の平らな湿った黒さ、樹木の濃淡ある陰翳が、燦く石面の白さと調和して、最も鋭敏な|黒・白《ブラック・アンド・ホワイト》の版画の効果で現れている。
 多喜子は参吉の腕をじっと自分の胸にひきよせて、息をのむようにこの冷たい、荒い、夜景の美しさに見とれた。
「思い出すわ、私。――ほら、私たちが一緒になって間もなく、大塚の公園へ行ったとき、何かの工事で、やっぱり大きな石がちらかっているところを上から月が照していたことがあったでしょう?」
 多喜子は、こんな夜を参吉と歩いて行く心持を足から、眼から、円い輪廓を示し出している体じゅうから味わいつくそうとするようであった。
「おい、大丈夫かい? 月になんか憑かれたって知らないよ」
「大丈夫よ、今度は自信があるんだから」
 家の近くの横通りに曲ると、暫くだまって歩いていた参吉が、腕によっている多喜子の手を自分のもう一方の手で持ち添えて、もっと深くかけさせながら、静かに云った。
「――なるたけ俺がよばれないうちに生んじゃえよ、ね」
 もっと路が狭くなって、はずれた石の溝蓋《どぶぶた》などがあると
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