をどこかで省いているか、投げているかのように感じられるのである。
音楽も抜群であるし、絵をかかせればやはり目をひくだけの才気を示し、人の心の動きを理解する力も平凡ではないのに、桃子にはとことんの処へ行くとすらっと流れてしまうものがあった。一本気なところのなさが、桃子のいろいろの才能をも、つまりはちゃんと実らせない原因のようであるし、多喜子はそのことをもやっぱり桃子の毎日の境遇ときりはなして見ることは出来ないと思うのであった。
頭脳の明敏な愛嬌にほんのぽっちり面倒臭さを露わに示したうわて[#「うわて」に傍点]な親密さで、桃子は、
「さ、あなたはどっちへ帰るの? きょうはあなたの護衛の騎士になってあげるわよ」
「ありがとう。でもきょうはいいわ、五時に日比谷で原に会うの」
「ハハア」桃子は抑揚をつけてそう云いながら大きく顎をひいて芝居がかりの合点をすると、手にもっていたベレーを振って、シラノ・ド・ベルジュラックが舞台でやるような挨拶をした。
「じゃ私さっさと消えるわよ、さよなら」
ヴェランダの降口まで足早に去って、桃子はそこからもう一度こっちへ顔をふり向け、腹立ちより寥《さび》しい気分
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