いこけると、その中に女の様に細いそれでも男には違いないのと、低い低い地面を這う様なのとが殊に目立ってきこえて、沢山の響の中でその二つがいつもかなり聞いい音程を作って流れて行った。
一方は痩せて髪を長く分けた二十代の男で、一方は三十五六の赤ら顔の男に違いない。
若い方は洋服で、太い声は和服のきっと幅広の帯をしめて居る事が、声で想像されるのである。
しばらくすると、端唄や都々逸らしいものを唄い出して、それも一人や二人ならまだしも、その十人位が一時にやり出すのだから聾になりそうになる。
随分私共もおどけた事を云ったり仕たりして笑いこけるけれ共、始終上品な洗練された滑稽と云う事を各々に気をつけて居るので、子供などに聞かせたくない様な文句を高々と叫んで居るのをきくと恥かしい様になって、種々な世の中の事に疑問を多く持ち出す年頃に近い弟などはどう云う気で聞くだろうかなどと思うと、手放しで、ああ云わせて置けない様な不安と、さてそうは云うもののどうする事も私には出来ないと思う力弱さとで気がいら立って、大きな声で叱らなければすまないと云う様な恥かしさのまじった憤りが湧き立って来た。
窓の傍に立ったりじいっと部屋の中央に立ちはだかったりして険しい眼附をして一人でプンプンして居た。
母等も初めは、いかにも五月蠅そうに、
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「何て事ったろうねえ。
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とか、
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「ほんとにまあ困りものだ。
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などと云って居たがじきもう何とも云わない様になってしまったのが、余計私には物足りなくて、
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「ねえ、お母様、
なんて云うんでしょう。
あんなに男達がさわいで、家の女達はどうして居るんでしょうねえ。
だまって見て居るんでしょうか。
やかましい下等でほんとにいやになる。
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と云ったりして、しきりに同意を求めなどした。
夜は、いつも私の何より尊い時間で夕食後から十一二時位までの間にその日一日の仕事の大半はされるのに、その夜は、濁声にかきみだされて、どうしてもしなければならない本を片手に持ちながら、とげとげしい、うるおいのない気持を抱えて家中を歩き廻った。
一体此処いらで、そう云う調子のさわぎをきく事はまれなので、私などは、蟻の足ほど短かい今日までの生涯の中初めてきいたさわがしさであった。
それだから、多くの人達の感じるより多く深く動かされたのであろう。
男なんて随分下劣な事を平気で、云ったり仕たり出来る動物だなどとさえ思った。
何か口を動かす物でも出たと見えて、少しの間しずまった折を見て自分の書斎に入った私は、又じき今度は、前より十層倍もある様な声で、
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「浅間山何とかがどうとかして
こちゃいとやせぬ
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と怒鳴り出したので、漸う静かになったと思った私の気持は、一たまりもなくめちゃめちゃにされてしまった。あんまりだと思って涙が出そうになって来た。
自分の子供だの細君だのを放っぽり出して、あんなにして居るんだろうと思うと、不断いやに落ついた様な、分別くさい顔をしてすまし込んで居るあの家の主人が、もうもう何とも云えないほど憎らしくなってしまった。
人を憎むとか悪様《あしざま》に思うのは悪いと云っても、今などはどうしてもそうほか思い得ない。
腹を立て疲れて私が床に渋い顔をしながらついたのは彼此十一時半頃であったが、母の話では、何でも雨戸は明け放しで十二時過まで、ゴヤゴヤ云って居たと云う。
毎日ある事ではないんだからと、翌日の朝は、幾分か静かな考えになって居た。
多分月曜か火曜であったと思うが午後から小雨がして、学校から帰って来た頃は気が重くて仕様がなかった。
それに、昨夜の予定がすっかり狂って、あんな事のために大切な一日分の仕事がずって来たと云う事も不快で、今夜は、どんなにせわしなくても二日分の事を仕なければならないと、図書から借り出して来た厚い重い本を持って手をしびらして家にたどりついた。
夕食をすませるとすぐ部屋に入る。
苔の厚い庭土にしとしとと染《し》み込む雨足だの、ポトーリポトーリと長閑《のどか》らしく落ちる雨垂れの音などに気がまとめられて、手の先から足の爪先まで張り切った力でまるで、我を忘れた気持で仕事をしつづけて居た。
嬉しさに胸がドキドキする様であった。
八時半頃までまことに無事であったところが又思いもかけず、昨夜の騒ぎが繰返され始めた。
けれ共、雨で四辺がしめって居るのと、人数が割合い少ないのとで余程凌げたけれ共、
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「又か。
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と云う様なぶべつした感情を押える事は出来なかった。
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