中初めてきいたさわがしさであった。
それだから、多くの人達の感じるより多く深く動かされたのであろう。
男なんて随分下劣な事を平気で、云ったり仕たり出来る動物だなどとさえ思った。
何か口を動かす物でも出たと見えて、少しの間しずまった折を見て自分の書斎に入った私は、又じき今度は、前より十層倍もある様な声で、
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「浅間山何とかがどうとかして
こちゃいとやせぬ
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と怒鳴り出したので、漸う静かになったと思った私の気持は、一たまりもなくめちゃめちゃにされてしまった。あんまりだと思って涙が出そうになって来た。
自分の子供だの細君だのを放っぽり出して、あんなにして居るんだろうと思うと、不断いやに落ついた様な、分別くさい顔をしてすまし込んで居るあの家の主人が、もうもう何とも云えないほど憎らしくなってしまった。
人を憎むとか悪様《あしざま》に思うのは悪いと云っても、今などはどうしてもそうほか思い得ない。
腹を立て疲れて私が床に渋い顔をしながらついたのは彼此十一時半頃であったが、母の話では、何でも雨戸は明け放しで十二時過まで、ゴヤゴヤ云って居たと云う。
毎日ある事ではないんだからと、翌日の朝は、幾分か静かな考えになって居た。
多分月曜か火曜であったと思うが午後から小雨がして、学校から帰って来た頃は気が重くて仕様がなかった。
それに、昨夜の予定がすっかり狂って、あんな事のために大切な一日分の仕事がずって来たと云う事も不快で、今夜は、どんなにせわしなくても二日分の事を仕なければならないと、図書から借り出して来た厚い重い本を持って手をしびらして家にたどりついた。
夕食をすませるとすぐ部屋に入る。
苔の厚い庭土にしとしとと染《し》み込む雨足だの、ポトーリポトーリと長閑《のどか》らしく落ちる雨垂れの音などに気がまとめられて、手の先から足の爪先まで張り切った力でまるで、我を忘れた気持で仕事をしつづけて居た。
嬉しさに胸がドキドキする様であった。
八時半頃までまことに無事であったところが又思いもかけず、昨夜の騒ぎが繰返され始めた。
けれ共、雨で四辺がしめって居るのと、人数が割合い少ないのとで余程凌げたけれ共、
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「又か。
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と云う様なぶべつした感情を押える事は出来なかった。
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