んかの拍子に眼玉を突つかれたなり、生れもつかない目っかちになったと云う大事変が孝ちゃんの家中を仰天させてしまった。
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「入目をさせて、眼鏡を掛けりゃ一寸ごまかせますよ。
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などと戯談を云って居たが、その事があって間もない時孝ちゃんの妹が家に遊びに来た。
 上の弟は、鳥にお菜をやりながら云い出した。
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「君んとこの鶏が突つかれたって。
「ええそうなのよ。
「どれがつついたの。
「兄さんの。
「兄さんのって、どれ?
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 小さい娘は、すかして見ようとして垣根際によって行ったけれ共分らなかったと見えて、
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「黄色い様な肥ったの。
 兄さんの鳥はひどい事ばっかりするんですもの、
 私いやんなっちゃうわ。
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と云って、年頃の娘でもする様に袂の先を高くあげて首をまげて居る。
 何か考えて居ると見えて、薄い髭の罪のなく生えた口元をゆるめてニヤツイて居た弟は、
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「めっかちになったんじゃ困るやね。
 あのね、今先[#「先」に「(ママ)」の注記]ぐ家へ行って、庭中さがして御覧、
 きっと、その眼玉がおっこって居るから。
 それをよく洗って入れてやればきっと元の様になる事うけ合だ。
 ね、
 早く行ってさがして御覧。
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と云うと、しばらく解せない様な顔をして居た娘は、決心がついた様に、
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「ええ私さがして見るわ。
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と云うなり袂を抱いて転がりそうにかけて帰った。
 どうしてもなくなった鶏の眼玉をさがし出さなければならないと思った小さい子は、可哀そうに顔を真赤にして、木の根の凹凸の間から縁の下の埃の中までかきまぜて一粒の眼玉をあさって居た。
 弟は其れをだまって見て居たらしい。
 ややしばらくたってからさがしあぐねた子が、
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「見つからないわ。
 どうしちゃったんだろ、
 私困っちゃうわ。
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と鼻声になって弟に訴えると、
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「ほんとにそりゃあ困るな。
 そんなら何なんだろ、
 きっと、こないだの晩の雨でながされちゃったんだよ。
 きっと今頃は品川のお台場にのってるよ。
 何にしろもうだめだよ。

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