チラッと見たなり返事もしずに投げてよこすので、私も受け答えをして居るうちに又気が入って、まるで二つの顔を忘れて居ると又孝ちゃんの声が、
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「君ーッ。
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と怒鳴るので頭を曲げて見ると、まださっきの処に前の様にして居る。
弟は気の毒らしい顔をした。
孝ちゃん許りなら子供の事だから何と云ったって、かまわないけれ共、二十五六にもなった女まで一緒になって、踏台か何かして、ああやって居るんだと思うと腹が立ってたまらなくなった。
ほんとにいやな女だと思って、クルッと正面を向いて真面目な声で、
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「そんな事をして居るものじゃあ有りません。
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と云った。
何ぼ何でも気が差したと見えて女はすぐ顔を引き下してしまった。
もうそれでいいのだから孝ちゃんに何にも云わなかったけれ共、どうしたらあんな大きな図体をして気恥かしくもなくあんな事をやられたものだろうと、あきれ返ってしまった。
そんな事々が皆奥さんの不始末の様に思えてならなかった。
鶏小屋が裏の家の近くになってから段々一人前になって来た雛が卵を生み始めたので、日に新らしいのが巣の中に少くとも六つ七つ位ずつのこされる様になったので、家では殆ど卵を買うと云う必要がなくなって居た。
都合の好い時などは古くから居る三羽の雌鳥と今度の六羽とで九つ位も生むので、いつの間にか孝ちゃんの親父さんが例の目で見てしまったらしく、どっからか早速三羽の生み鳥と一羽の旦那様をつれて来た。
孝ちゃんの親父さんが真似を始めたと云って、鳥飼いに明るい弟は、面白がって気をつけて居た。
鳥が来てから鳥屋《とや》を作ったり、
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「餌は米ばっかり食うのかな。
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などと云って居るのを聞いて、
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「あれじゃあ食い潰される。
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などと云って居た。
日曜を一日、孝ちゃんの助手で作りあげた小屋には戸も何にもなくって、止り木と、床の張ってある丁度蓋のない石油箱の様なものでその三方を人間のくぐれそうな竹垣が取り巻いてある許りだった。
猫や犬の居ない国に行った様な、何ぼ何でもあんまり寛大すぎると、家の者は皆明かに生命の危険が迫って居る処に入れられなければならない鶏の若い家族を同情して居た
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