く力ではなく、ほんとにわからない! としぼりがちぢまり凝集することで、そこからなにかひとつふみ出す力が湧きそうな、痛みと歓喜との入り交った予感が伸子の心をうずかせているのであった。
 伸子は、わかりにくいことをわかって貰おうとして、困り困り素子に自分のその心持を説明した。
「だからね、わたしは、これをすっかりみのらしてみたいの。わかる? 中絶したくないの。音楽のように、しまいまできいてみたいの」
「――まあ、それもいいだろうさ、わたしの方だって、なにもきょうあすにきまるわけじゃなし……」
 素子は、そういう伸子の心にはあまりさわらないようにし、さわらないことではやく、伸子がいわゆるみのった状態におかれることを期待している風で、自分の旅行のための用事で外出しつづけた。巣についた牝鶏のように、伸子は家にこもりつづけた。
 そういうある日の午後、縁側で竹の葉の色が青く映っている金魚の鉢を眺めていた伸子は、うしろで、
「こんにちは」
と、よびかけた男の声におどろいた。ふりかえるなり、伸子は、愛嬌のない眼をそちらにむけた。少女むきの文芸雑誌の記者で沼辺耕三という記者が、原稿をたのみに、といって先頃ちょいちょい訪ねて来た。沼辺耕三は、玄関をあけて入らず、柘榴の下枝をくぐって、いつもいきなり座敷の縁側のところへ姿をあらわした。はじめて来たときから、彼はそうした。
 伸子は、そのとき座敷にいたこともあり、いなかったこともある。不機嫌になって座敷の真中の卓の、床の間よりの側に坐る伸子に、白服をきた沼辺耕三ははなれた縁側から、話しかけた。
「きょうは吉見さんは――お留守ですか?」
 そして、奥をのぞくようにした。伸子のこころに、留守ならばどうだというのだろう、と思わせるいいかたできいた。いくら伸子がことわっても、何か書けと求めた。そのおしのつよさは、伸子に自然なものとしてうけとれず、俗に男はおし、という、そういう意味でのおしの感じに通じていて、沼辺耕三を嫌悪した。
 その男が、きょうは浴衣がけで来た、と思って、伸子はいそいで縁側から立って奥へ入ろうとした。すると、庭へ入りかけていた白い浴衣の人は、伸子のおどろいたのがわかったと見え、
「や、失敬しました」
といった。
「――玄関へまわった方がいいですか」
 眼を定めてみれば、それは、沼辺耕三とはまるで別の人であった。ただ、三十をすこし出
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