いる姿を美しいとは見られない文学関係の婦人たちが、きょうはいちように喪服で、しとやかに群れ立っているのも情景にふさわしかった。伸子は、式場では決して泣くまいとかたく心にきめて家を出た。柩は、生きていたときの相川良之介のある美しい気分や趣味をしのばせるようにすき間なく純白の花々につつまれ、あまたの蝋燭のきらめきに飾られていた。紋服白足袋姿の「湯島詣」の作者が先輩総代として、硯友社調の弔詞を朗読した。短躯の久地浩が友人総代の弔詞をよみはじめたが、彼は、せき上げる涙に耐えず、友よ! 安らかに眠れ! というくだりは辛うじて会衆にききとれるばかりであった。さざなみのひろがるようにむせびなきがおこった。
「君去りて、我らが身辺とみに蕭々《しょうしょう》たるをいかんせん」
 泣くまいとする伸子の唇が、はげしくふるえた。久地浩の哀傷は丸く短いその全身からほとばしり、ひとり去った旧友相川良之介に向って、彼によってあらわされていた彼等同時代人の芸術性もともに終焉したことをかなしみ訴えるようだった。そのようなまじりけない悲傷を語っている久地浩は、最近の数年来大衆作家となり、出版社をおこし、企業家として成功しつつあった。腕に喪章をまき、日ごろのあからがおも蒼ざめて見える久留雅雄は、やはり通俗作家となって、昨今文壇に流行をきわめている麻雀のもとじめとゴシップされていた。
 生きつづける友人たちの生の営みは様々であるが、相川良之介をかなしむ思いではひとつにながれていて、伸子は、白い花ときらめく蝋燭の灯にちりばめられた式場に声ない哀悼の合唱を感じた。生きるために生きることを拒絶しない人々は、それを拒絶して翔び去った友人の最後のかどでを、真情の手に舁《か》いで送っている。伸子は、黒と白と金色の悲しく美しい「オルドス伯の埋葬」というグレコの絵を思いおこした。
 こらえていて涙が汗にかわって全身からにじみでたあとのようにぐったりして、伸子は谷中の式場から動坂のうちへまわった。
「大層な疲れようだこと」
 かり着の浴衣にくつろいでも、口がきけないようにして冷たいものばかりのんでいる伸子をよこから眺めながら、多計代がいった。そして、つつみきれない好奇心で、遠慮がちに、
「――お葬式、どうだったい?」
ときいた。伸子は、すぐ答えられなかった。そういう風にきいたり、話したりするにふさわしい感情が伸子のなかにな
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