直さず、その文相であり、保はその学生なのだから。
 この春、前崎にある佐々のうちへ、大磯の別荘から、萬亀子夫人が遊びに来たとき、多計代はいあわせた泰造はもとより和一郎まで加勢させて、箱根へドライヴしたり、力をつくしてもてなした。僕、へこたれちゃった、袋もちさせられて。一分刈の頭でカラーなしの制服姿の和一郎は、その日じゅうおばさまの手提袋をもってあげる役にあてられたのであった。一方的な、多計代のそういう熱中や奉仕ぶりを思うと、伸子には、それがさもしくけちけちしたことに思えた。あきるほどちやほやされつけている大臣夫人を、多計代のような古い幼な友達までが、世間並の方法でさわぐのはばかばかしかった。
 痩型で、折襟のカラーをつけて、こがたい官僚風な大臣であるその政治家の顔を思い出すと、伸子は、おばさまである夫人の敏捷で悧溌な凹み眼と、うすく水白粉のはかれている顔や沈んだ色の紅をさした唇で、軽く、やや口早にげびない蓮葉さでものを云うときの表情を思いおこした。夫婦は、その夫婦らしい会話の間で、どんな風に、新聞に出た学生処分のことなどについて話しあうだろう。伸子は突然、あすこに息子はいなかったかしら、と思った。そして、憎悪を感じた。「断然処分する!」あすこに男の子がいるとしてもきっとまだ小さいんだろう。末っ子かもしれない。伸子は、新聞をたたみながらそう思った。

 素子の翻訳した書簡集は、やがてある文芸書を専門にしている出版社から出ることにきまった。
「よかったわ――おめでとう」
 素子は、うれしそうに上気しながら、つみのないまけおしみで、
「出すの、あたりまえさ」
といった。
「本当にいいものなんだもの。――もし出さなけりゃ、むこうがばかなのさ」
「それゃそうだけれど……」
 伸子とすれば、間もなく、自分がこの二三年かかって書いた長い小説がまとまりかかっている。そのとき、素子の仕事も、はじめての業績として出版されることになったのを、うれしく思うのであった。
「――ひとつ献辞をかかなくちゃ、わるいかな」
「結構よ」
「外国の作家はよくやってるじゃないか」
「だって……」
 伸子は、首をすくめた。
「わたしも、じゃ書くの? 献ぐって?」
 二人は笑った。素子は、赤いパイプを口の中でころがすようにして目を細め、ポプラの枝の間に白く光っているとなりの洗濯ものを見ていたが、ふと椅子ごと伸
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