情だ」
伸子は、かたわらからきいていて、どこにでもおこることがまたここでくりかえされていると思った。外国人同士の間で、まっさきに自分を紹介し、自分を推薦し、代表らしく扱わせる人々というものが、いつも必ずしも本国の人全体からそれだけの価値をもって見られているというのではない場合が多い。伸子が、少女としてニューヨークの大学の寄宿舎に暮していたときも、外国の人々の前に、茶だの生花だの振袖だので自分をあらわしてゆくある種の人の方法に対して、いつも調和しにくかった。ほんとの人間としての日本人の精神にある教養、世界の輪の一つとしての日本人のこころは、もっと奥にある。伸子には、そう思えて、領事館などで催される社交的な集会などへ、伸子も若い日本の娘の一人だということで、日本服などを着せられ、接待役によばれることを、きらった。国際的な感情といっても、それはあらゆる外国の通俗の慣習にただなじむことではない。外国の人間の新しい感覚でそれを感じあって、より高い偏見や先入観のない関係へすすめてゆく。好奇心をより人間らしい、互にわかったものにしてゆく。おぼろげに伸子の感じている国際的という内容は、そういう方向をもっていた。
夏の宵闇に涼みながら、ソヴェトへの国賓のとりざたをきいていると、伸子は、ロシアという国に錯綜している古さ新しさについて、またそれをとりかこむ国々の人の好意のなかにさえある古さと新しさ、利害のまじりあいについて、複雑な心持がした。ロシアが、ソヴェト・ロシアと呼ばれるようになり、ペテルブルグがレーニングラードと名づけられてからのロシアについて、伸子は、一般の人々が知っている以上のなにも知っているといえなかった。ただ、トルストイによってあのように描かれたロシアの生活、チェホフの語ったあのロシアの感情、そしてチャイコフスキーの悲愴交響曲や胡桃割の舞踊曲がその諧調で世界のこころに刻みつけたあの胸せまるロシアが、新しいロシアになったということについては、深い深いおどろきと魅力とがあった。そのロシアへの国賓ということには、それに向って人々を注目させ、嫉妬させる刺戟がこもっている。せり合って、幾人かの国賓の中に加わろうとする心に、まじりけない憧れ、好学心しかないといえば、その無垢さはかえっておとぎ話めいた。日本における新しい国の代表とされている古い人――事実その東洋学者は若くなかったし
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