わ、出来たら見せて」
「ええ。是非みて貰う」
 保のために、おやつを探して来て、客間に戻った伸子は、何となしさっきまでとは違った空気がそこに出来ているのに心づいた。制服をカラーなしで着ている松浦と低い白カラーをつけている保とは、指人形の話をしていた。保は来年学校の記念祭のとき、人間の指人形で芝居を出そうと思っているらしかった。文丙に入学した第一年の記念祭のとき、どういう題だったのか、保は坊主になって、フランス語の動詞の変化をお経代りにして大好評だった。兄よりも松浦よりもよこたてに大きいからだのすこし窮屈になったズボンの膝を行儀よく椅子にかけて、保はそんな話をしている。
「ジュスイ ザーレ、テュエ ザーレってやったの?」
 つや子が宿題で動詞の変化を諳誦するとき、小さい女の子らしく甲高い声をはりあげる、その口真似をして伸子はふざけた。
「小枝ちゃんの方は? ジュスイ ザーレはやらないでいいの?」
「随意科なの」
 きちんと学校へ出た保が帰って来てからは、若い三人の話題もちがって来た。
 保は、ごくたまにしかピアノを弾かなかったし、歌は全然うたわなかった。
「外で、キャッチボールでもしたら?……もうまぶしくないわよ」
 そういう遊戯ならば保も仲間になった。伸子は小枝の方を見て、
「お気に入った樹があったら、のぼってもいいのよ」
と笑った。小枝は樹のぼりがすきで、うまいという評判なのだった。小枝は、時計をみたり、和一郎の方をそれとなく見たりしていたが、
「わたし、そろそろおいとまするわ」
と、立ちあがった。小声で和一郎に何かいっていて、和一郎も、一緒に出かける様子だった。
「僕も、そこまでゆきますから……」
 松浦が追っかけるようにして、いそいで靴をはいている背中越しに、伸子は、
「和一郎さん、おそくならないうちに帰っていらっしゃいよ」
といった。
「わたし、夕飯すぎまでしかいないから」
「ああ」
「お留守のうちだけは、ね」
「姉さん、大丈夫だよ。心配しなくても」
 必ず帰るという意味なのか、うちの方は大丈夫だというのか、どっちを心配しないでいいのかわからないようにいって三人は出て行った。すらりと背の高い、黒い絹靴下を襞《ひだ》の多い短いスカートの下から見せている小枝を真中にはさんで、制服の和一郎と松浦とが石じきを行く。その後姿が、伸子の駒沢の家の玄関へ来た三人の青年たち
前へ 次へ
全201ページ中100ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング