子との生活で、伸子は子供らしいことをこわがった。夜道だとか、妙なきのこ[#「きのこ」に傍点]、いも虫、けがや死人の話、怪談。そういうものをこわがった。だが、夜中に妙な物音がしたり、きょうのような人が来たりすると、素子は亢奮して上気した顔のままその場を動かず、別なとき臆病な伸子が出て見にゆくのだった。
素子は、あの三人を追っぱらった、という風にいうが、じかに目の前に並んだ三つのきたない若い顔々をみ、ルバーシカの下に三つの胃袋を感じ、三人の若い男の体臭さえかいだ伸子にとって、あの人々は、おっぱらわれなかった。伸子に、のこして行ったものがある。のこされたものは、従来の伸子たちの生活になかった一つの刺戟であった。
「――とんだ飛び入りが入っちゃった。おはぎ、出来てるよ、どこで食べる?」
素子は、伸子をいたわるようにいった。
「ここにしない?」
運ばれた皿の上でおはぎをゆっくり箸でちぎりながら、伸子は、
「なんだか妙な心持がする」
といった。
「みんなこんな気持がするのかしら」
「――何が?――ああいう連中に来られるとかい?」
「うん」
「――税みたいなもんだと思ってるだろう」
「そうかしら……」
関東に大震災があった年の初夏、軽井沢で愛人と共に縊死した武島裕吉という有名な文学者があった。人道主義の作家で、無産者の運動がおこってから北海道に持っていた農場を小作人にただで分譲したりした。
伸子はその人の作品はほとんど全部よんでいた。豊富だが、感傷的なものの感じかたには肌があわなかった。特に死後に発表された女の友へ送った書簡は、その甘たるさで伸子をおどろかせた。ちょうど佃との生活が破綻しはじめているときにおこったその作家の死は、伸子をつよく衝撃した。その時分伸子はただ武島裕吉の性格や恋愛、貴族的なその環境との矛盾というところにだけ、死の原因を理解していた。伸子は、いまその武島裕吉が書いたもののどこかに、しかも一度ならず、金銭の要求に来られる者の立場から感想がもらされていたのを思い出した。文句を思い出すことは出来なかった。けれども、たしかにそれはあった。
素子があやしんで注目するほど、伸子は念入りに皿のおはぎをいくつにもちぎりながら、それを食べるのを忘れていた。武島裕吉の生きかた、つまりはその死にかたにも賛成していない伸子は、いまの自分の心にその武島裕吉が連想されたこと
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