、ね。もう十年たてば、そんな苦しみはなくなります。僕にはよくわかっている――」
慰めるように囁かれる佃のその言葉を、伸子はどんなに恐怖したろう。もう十年たてば――十年! 一年だってこのままたつのがこわいからこそ、こんなにせつながっているのに……。絶望はいっそう深まり、伸子は新しく声をあげて泣いた。
古びて木目のたった縁側で泣いていた自分のその声のなかから、伸子はいま、たくさんの女の泣く声がきこえて来るように感じた。
十四
電話口に出た女の声は遠くたよりなくて、伸子が、
「もしもし、佐々ですか?」
と力を入れてきくと、
「はア」
と答えた。
「わたし、よ。伸子ですが、いらっしゃる?」
とききかえすと、また、
「はア」
と返辞した。
「ね、お母様いらっしゃるの? いらっしゃるなら、ちょっと電話口まで……」
「はア」
というから、伸子はきき耳を立てて待った。佐々の家では、多計代たちだけ卓上電話を使っていて、そちらに連接をきりかえるとプツッとスイッチのはいる音がする。伸子はきき耳を立ててその音がするのを待った。が、受話器の中では変化なく電流が響き、どこかの通話の声がしているばかりである。念のため、
「もし、もし」
といってみたらば、同じ声が、
「はア」
といったので、伸子はびっくりした。
「もしもし、あなた、だれ?」
「…………」
「ききにくいなら、誰かほかの人に出ておもらいなさいよ」
引っこんだらしく、ややしばらくして、こんどは、
「あ、もしもし」
思いがけなく和一郎が出た。
「まあ、しばらく――」
「ああ、姉さん、どう?」
「お母様は?」
「前崎へ行っている」
小田原の手前に、佐々の家は小ぢんまりした別荘をもっていた。別荘らしい家はちっともないその海岸の漁村一帯は、大変体によくて長寿の者が多いということだった。泰造は、祖母に「西洋にあるとおりの家に住まわしてあげる」と、洋風のその家を建てはじめた。八十二歳になった祖母は、その家の出来上らないうちに亡くなったのであった。
「いつ、いらしたの?」
伸子が動坂へ行って、越智と結婚しようかという話をきいたのは一昨日のことであった。
「けさ……」
「けさ?――きょう何曜日?……木曜でしょう?」
多計代が、急に前崎の家へ行ってしまったことは、伸子を何か不安にした。
「だれか一緒に行ったの?」
「あ
前へ
次へ
全201ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング