おやかさ、ゆたかさが映っているのであった。
「これねえ」
しんみりとして多計代も、昔の俤《おもかげ》を眺めかえしていたが、
「私としちゃ、記念写真をとるどころの気持じゃなかったんだもの、かわいそうに」
といった。
「何にもしらずにお嫁に来てみれば、親類書のどこにものっていなかった四つばかりの男の児がチョロチョロしていてさ、その子を、俊一、俊一っておばあさまが可愛がっていらっしゃるんだもの。私は本当に、これゃ大変なところへ来た、と思った。誰の子だか分らないうちは、決して、奥さんになるまいと決心してね、つきそいに来たばあやを次の間にねかして……だって、それゃそうだろうじゃないか」
「それが、あの俊ちゃんだったの?」
泰造の伯父の息子で、その頃はもう三菱につとめている青年があった。
「そうだったのさ、だからやっと私も安心したようなものの……」
多計代は、
「お父様もお気の毒に」
と笑った。
「私が月を眺めて泣いてばかりいるもんだから、ほかに好きな人でもあったのかっておっしゃった……そうじゃなかったんだけれど。――でも、私はお父様に感謝しているよ」
素直な声で多計代はいった。
「よく私のいうことをきいて、ひと月もふた月も、いうままにしておいてくだすったと思って。――多計代もかわいそうに、いきなりこんなごたついた家へ来させられてそういう心持になるのも無理はない、といっていらした」
伸子は少女としての感情が育ってから、いつも自分の母というひとは、よそのうちのおかあさんといわれている母親たちと、どっかひどくちがった感情で娘である自分にたいしているように感じることが多かった。伸子は、母にたいするというよりも、年かさで命令権をもっている女に向って、一人の若い女が正面から向いあって立ち上った時の感情を経験した。
いま、母の結婚生活がはじまったころの話を思い出すにつれて、伸子には、これまではっきりつかめていなかった母の女としての情熱の矛盾が、しみじみわかった。大柄な美しい多計代のからだにはもって生れた様々な情熱の可能が、可能のままかくされていて、子供が次々に生れて母になってゆくという現実と、心のどこかにはいつもほかの生活への空想とあこがれがうずいていることとは、くいちがったままで多計代の生活を貫いて来ている。
十六ぐらいの娘であった伸子に、どうしてそんな女の心のあやがわかろ
前へ
次へ
全201ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング